「情熱」と「粘り強さ」が人生の成功を決める

 2年前、私は幸運にも「マッカーサー賞」を受賞した。別名、「天才賞」。マッカーサー賞には自分で応募したり、友人や同僚の推薦を依頼したりすることはできない。匿名の選考委員会が、各分野の第一人者らの意見をもとに、きわめて有意義で創造的な活動を行っている、将来有望な人物を選考する。

 ある日、突然の電話で受賞を知った私は、驚きに打たれ、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。やがて、ふと頭に浮かんだのは父のことだった――おまえは天才じゃない、と頭から決めつけられたことも。

 とはいえ、父はまちがっていたわけではなかった。私がマッカーサー賞を受賞したのは、ほかの心理学者にくらべてずば抜けて頭脳明晰だからではない。

 そういう意味ではたしかに、父の考えは正しかった。しかしそもそも、「あの子は天才と言えるか?」などと気に病んでいたことじたいが、まちがっていたのだ。

 マッカーサー賞の受賞の通知から公式発表までには、1ヵ月ほどあった。受賞のことは、夫以外には口外してはならないことになっていた。そのおかげで、何とも皮肉ななりゆきについて、考える時間がたっぷりあった。

「おまえは天才じゃない」と親に言われ続けて育った少女が、おとなになって「天才賞」を受賞するとは。しかも受賞の理由は、人生でなにを成し遂げられるかは、「生まれ持った才能」よりも、「情熱」と「粘り強さ」によって決まる可能性が高い、と突きとめたことなのだ。

 少女は世界最難関の名門大学に次々と進学し、やがて博士号を取得したが、小学3年生のときには、優等生のための「特別進学クラス」の選抜試験に受からなかった。

 両親は中国からの移民なのに、「努力しだいで道は開ける」と子どもに諭すことはなかった。そんな家庭だったから、中国系移民の子どもにはめずらしく、ピアノもヴァイオリンもまともに弾けなかった。