アラブ 2016年9月6日

教えて! 尚子先生
「キリスト教徒はイスラム教徒(ムスリム)より豊かだ」というのは本当ですか?【中東・イスラム初級講座・第35回】

イスラム教徒に比べてキリスト教徒の生活は豊かと感じているひとが多いといいます。その背景には何があるのでしょう。日本では珍しい女性の中東研究家として活躍する岩永尚子先生がわかりやすく解説します。

 「キリスト教徒はムスリムより豊かだ」という説は、しばしば「事実」であるかのように語られています。けれども、この説を事実として裏づける調査や報告書はまだみたことがありません。

 調査を行なうとしても、どの地域で行なうのか、そしていつ、どのようなコミュニティを調査対象とするのかによって、結果が異なってしまうことも容易に想像できます。同時に、宗教に関する問題がセンシティブなために(調査結果が物議を醸しだすことは避けられないでしょうから)、このような調査を行ないたいと考える人や団体はあまり存在しないでしょう。

 では、なぜこのような説が、まことしやかに語り続けられるのでしょうか? 中東におけるキリスト教徒がムスリムと異なってみえる(豊かそうにみえる)要因を、教育という分野を中心に考えてみたいと思います。

キリスト教徒の女性は晩婚で子どもが少ない!?

 キリスト教徒とムスリムとの生活の違いは、女性の服装や飲酒習慣の有無、外見などから判断できることもあります。そのほかに、一般的によく聞かれるのは、キリスト教徒の女性はムスリムの女性に比べ、高学歴で晩婚、そして出生率が低いという指摘です。これは私が滞在していたヨルダンにおいても、そのようにいわれていました。

 ですが、統計データからそれを確認するのはなかなか困難です。中東においてキリスト教徒が多いのはエジプト、レバノン、シリア、パレスチナ、イスラエルなどで、なかでも最もキリスト教徒の割合が高いのはレバノンです。

 ところが、このレバノンの統計が極めて限られているのです。日本で人口統計というと高齢化や少子化について語られることが多いため、「政治的」な話題だと考える人はあまりいないかもしれません。ですが、レバノンのように、フランスの植民地下で1932年に行なわれた人口調査に基づいて、各宗派の人口比から国会議員の議席数が割り当てられた国では、まさに人口の増減が政治的な問題となっているのです(レバノンの選挙について、詳しくは橘玲さんの「モザイク国家レバノンが生み出した奇妙な政治制度の背景にあるもの」を参照してください)。

 その結果、1932年以後、公式に人口統計が発表されないという事態になっており、各宗派の人口増加率や出生率を正確に知ることができなくなっています。

ベイルートの教会(Photo:©Alt Invest Com)

 レバノンと比較すると、キリスト教徒の人口は少数ですが、イスラエルでは統計が公表されています。こちらも人口統計にはセンシティブな国ですが、2011年のイスラエルの統計によれば、イスラエル国内のユダヤ系の女性1人当たりの出生率は3.0人に対し、ムスリム女性は3.5人、キリスト教徒は2.2人、ドルーズ教徒(イスラム教の一派:シーア派から分派したが、巡礼も断食も行なわないことから、多数派のイスラム教徒からはイスラム教徒ではないといわれることもある)が2.3人であったそうです。

 また、エジプトでも、ムスリムとコプト正教徒(キリスト教の一派)の女性1人当たりの出生率はそれぞれ3.66人、3.21人となっており、キリスト教徒の女性の出生率がイスラエル同様に低くなっています(他の宗派のキリスト教徒の数値を含まず)。

 さらに公的な統計ではありませんが、イスラエル国内のキリスト教徒の平均結婚年齢は男性29.1歳、女性24.5歳で、ユダヤ系と比較してもキリスト教徒のほうが晩婚であったという報告もありました。

 隣国であるイスラエルやエジプトのデータから類推するしかありませんが、おそらくヨルダンのキリスト教徒を調査しても、似たような結果になっていたと考えられ、晩婚で子どもが少ないキリスト教徒の女性というイメージは、ある程度中東のキリスト教徒の現状として認識してもまちがってはいないでしょう。


橘玲の書籍&メルマガのご紹介
世の中(世界)はどんな仕組みで動いているのだろう。そのなかで私たちは、どのように自分や家族の人生を設計(デザイン)していけばいいのだろうか。
経済、社会から国際問題、自己啓発まで、様々な視点から「いまをいかに生きるか」を考えていきます。質問も随時受け付けます。
「世の中の仕組みと人生のデザイン」 詳しくは
こちら!
橘 玲の『世の中の仕組みと人生のデザイン』 『橘玲の中国私論』好評発売中!

バックナンバー

»関連記事一覧を見る

海外投資必勝マニュアル&本

海外投資のノウハウが凝縮! ここで紹介しているコンテンツ、書籍はすべて、ネットから購入が可能です。さらに「海外投資実践マニュアル」は「海外投資を楽しむ会」の会員になれば割引価格で購入可能です。

作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
橘玲×ZAiONLINE海外投資の歩き方
作家・橘玲がメルマガ配信を開始!
subcolumn下影

ページのトップに戻る

本WEBサイトに掲載している全ての記事およびデータについて、その情報源の正確性・確実性・適時性を保証したものではありません。本サイトの提供情報を利用することで被った被害について、当社および情報提供元は一切の責任を負いませ ん。万一、本サイトの提供情報の内容に誤りがあった場合でも、当社および情報提供元は一切責任を負いません。本サイトからアクセス可能な、第三者が運営するサイトのアドレスおよび掲載内容の正確性についても保証するものではなく、このような第三者サイトの利用による損害について、当社は一切責任を負いません。また、併せて下段の「プライバシーポリシー・著作権」もご確認ください。