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佐高 信の「一人一話」

自民党からリベラルの灯が消えた 加藤紘一の死

佐高 信 [評論家]
【第55回】 2016年9月26日
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 2006年8月15日、山形県鶴岡市にある加藤の実家が右翼によって放火された。それを憂えて私は、新右翼と呼ばれる一水会の鈴木邦男と『創』の同年11月号で対談したが、「加藤紘一の紘一は八紘一宇から取ったんですよ」と言ったら、鈴木は驚いて、「知らなかった! そんなこと右翼の人たちは知らないんじゃないかなあ。『八紘一宇』を襲っちゃいけないよね」と応じた。

一番困った「加藤の乱」

 加藤と私は同郷であり、加藤の最初の後援会報は、経済誌の編集者時代に、酒田と鶴岡を中心とする庄内地方出身の在京学生が入る「荘内館」の先輩に頼まれて私が編集した。この寮には加藤の兄も在籍していた。

 加藤に関わって一番困ったのは、あの「加藤の乱」の時である。未遂に終わって私も残念に思っているのに、TBS「News23」の当時のキャスター、筑紫哲也が、私のコメントを取れと指令を発し、探し出された私はマイクを向けられて、「加藤さんは早くに鶴岡を離れたが、もう少し長く日本海の寒風にさらされていたら、突っ込めたかもしれない」などと言った。胸中の悔しさを押し隠してである。

 2015年6月12日、私が企画して「憲法行脚の会」は「安倍“壊憲”政治をストップする!」集会を開いた。東京は神田駿河台の連合会館に於てである。そこに登場してもらった元自民党副総裁の山崎拓は、話の結びにこう言った。

 「今日はここに座っていて、大変違和感がありました(笑)。本来であれば、佐高信さんと親しい加藤紘一さんがわが党のリベラルの代表としてここにいたのではないかと思います。加藤さんがリベラル派の代表で、私が右派の代表で、ノンポリの小泉(純一郎)君(笑)とともに、YKKのトリオを組んでいました。今日は加藤さんが体調をくずして間に合いませんので、私が代わりに出てまいりました。このところ加藤さんに成り代わっている感じもあります。加藤さんは日頃、憲法9条堅持派です。私は改正派です。集団的自衛権は国民投票によるべきことであって、それを経て改正しなければならないという議論を私はしてきました。加藤さんは堅持派ですので、改正論をとっていない。それでも仲がよいものですから、お互いに気分を害することはまったくありません。そういうわけで、今日ここに私はまいりました。加藤紘一が座っていると思っていただければと思います」

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佐高 信 [評論家]

さたか・まこと 1945年山形県酒田市生まれ。評論家、『週刊金曜日』編集委員。高校教師、経済雑誌の編集者を経て評論家に。「社畜」という言葉で日本の企業社会の病理を露わにし、会社・経営者批評で一つの分野を築く。経済評論にとどまらず、憲法、教育など現代日本のについて辛口の評論活動を続ける。著書に『保守の知恵』(岸井成格さんとの共著、毎日新聞社)、『飲水思源 メディアの仕掛人、徳間康快』(金曜日)など。


佐高 信の「一人一話」

歴史は人によってつくられる。ときに説明しがたい人間模様、ふとした人の心の機微が歴史を変える。経済、政治、法律、教育、文化と幅広い分野にわたって、評論活動を続けてきた佐高 信氏が、その交遊録から、歴史を彩った人々の知られざる一面に光をあてる。

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