「そういえば、まだお前の名前を聞いていなかったな」

 口の周りにうっすらココアをつけながらニーチェは私にそう尋ねる。

「あ、私の名前?」

「そうだ」

「私は、アリサ。児嶋アリサ」

「コッ、コージマ?」

「う、うん(コージマって電気屋?)。児嶋だよ、どうしたの?」

「いや、ちょっと知り合いに似たような名前の人物がいてな」

「その人は女の人?」

「まっまあ、女だな」

 ニーチェはあからさまに目が泳ぎ、超速でまばたきをした。明らかに様子がおかしい、というか怪しい。

「あの、もしかしてそのコージマって人と昔付き合っていたとか?」

「いっいや、付き合っていたかどうかというと、び、微妙というか、そこまでハッキリした関係ではなかったけど、いろいろあったといえばあったというか……」

 ニーチェは、明言を避けたので、私もこれ以上聞くことはやめておいたが、恋愛経験に乏しい男子中学生が好きな人について尋ねられた時のような、動揺っぷりであった。

 多分付き合ってはいなかったけれども、コージマという名前の好きな人がいたのだろうな、ということはなんとなく伝わってきた。私が彼に対して抱いていた気持ちのようなものか。

「まあ、私の話はおいておいてアリサの話を聞こうではないか。何かに悩んでいるのだろう?」

 ニーチェは咳払いをすると、話題を変えた。(つづく)

(第3回は9月29日公開予定です)

【『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』試読版 第2回】<br />「私はニーチェだ。お前に会いに来てやった」

原田まりる(はらだ・まりる)
作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター
1985年 京都府生まれ。哲学の道の側で育ち高校生時、哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。著書に、「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある