2010年のノーベル経済学賞は、サーチ理論と呼ばれるモデルの構築に対し、米マサチューセッツ工科大学のピーター・ダイヤモンド教授ら3氏に決まった。サーチ理論は労働市場の分析に極めて有効だ。今井亮一・九州大学准教授に、サーチ理論から見た日本の労働市場の特質を聞いた。「失業率は低いが、成長率も低い」という特質が浮かび上がる――。

――今年ノーベル経済学賞を受賞したサーチ理論とは、一体どんなものか。労働市場の分析にとりわけ有効だとされるのはなぜか。

「成長率も失業率も低い社会」と「成長率も失業率も高い社会」のどちらを選ぶか~ノーベル賞受賞の「サーチ理論」で解く日本の労働市場今井亮一(いまい りょういち)
九州大学留学生センター准教授。経済学修士(東京大学)、経済学博士(ペンシルバニア大学)。サーチ理論という分析手法を用いて、マクロ経済学、労働経済学、家族経済学などの諸問題を研究している。

 まず、株式市場を思い浮かべてほしい。私たちが証券会社を通じて出した取引注文が集められ、価格ごとに需要と供給が均衡したところで取引が成立する。注文を出せば、自動的に需要と供給の交差点で株価が決まるような市場を、中央集権的な市場という。原油取引や穀物、為替の取引市場も同じ構造だ。中央集権的な市場では、取引相手を自らわざわざ探す必要はない。従来の経済学では、労働市場も同じような中央集権的な市場と捉え、需給関係で雇用や賃金が決まると説明してきた。

 だが、労働市場というのは、どこにあるのだろうか。自分が何かに登録さえしておけば自動的に職が決まる市場の仕組みなどどこにもない。一人一人が職を探し、企業に応募し、試験を何度も受ける。企業も独自の採用計画によって、一人一人を選別し、個別に採否が伝えられる。その過程では、時間も費用もかかる。それらの個別ケースの集積が労働市場だ。株式市場などが中央集権的であるのに対し、極めて分権的あるいは局所的だといえる。

 サーチ理論とはその名の通り、モノやサービスの取引相手を探す(サーチ)行為に注目し、それら個別の取引が積み重なった時に全体の市場はどう動くのか、取引構造を分析するものだ。