「幸せ食堂」繁盛記
【第三十六回】 2016年10月11日 野地秩嘉

元住吉の立ち食いそば屋で、
ドイツのフランクフルトソーセージと
日本蕎麦が合体。丼の中の日独交流!?

その名も「ブレーメンそば」

 この連載の第33回にも書いたが、東横線元住吉駅西口を下りてすぐの前にあるのがブレーメン通り商店街。商店街に同名を冠するようになったのは1991年。ドイツ、ブレーメン市のロイドパサージュ(商店街の意)と友好関係を結び、交流するようになってからのことだ。駅前にはロイドパサージュから贈られたブレーメンの音楽隊を模した銅像もある。しかし……。ブレーメン商店街の名前が世間に少しは知られるようになったのは今年に入ってからと思われる。

 今年の初め、駅前にある立ち食いそばチェーン「富士そば」がブレーメンそばという中身を想像できにくいネーミングのそばを販売した。以後、ネットには次のような声があふれるようになる。

「ブレーメンそばって何?」、「そもそもブレーメンって何?」、「なぜ、元住吉がブレーメンなの?」……こうして、ブレーメン通り商店街とブレーメンそばは人口に膾炙していった。

 富士そば元住吉店店長の須賀努(44歳)はこう説明する。

「うちがオープンしたのは2016年1月です。地元密着を大切にしているので、何かブレーメン商店街にあやかった商品を作ろうかな、と。それで、開発したのがブレーメンそばなんです」

 同そばは490円。かけそばの上にフランクフルトソーセージが2本、フレンチフライポテトが5本、わかめ、ねぎが載っている。ドイツを代表するソーセージとポテトが日本を代表するそば、わかめ、ねぎと丼のなかで交流しているわけだ。ちなみにものすごいボリュームなので、丼は特別にあつらえた。普通のそば用丼の1.5倍はある。

「そうですね。1日に20杯は出ます。週末になるともっと多いかな。人気の天ぷらそばが1日に25杯くらいだから、ブレーメンそばは人気メニューですよ。立ち食いそばって、奇をてらったものは受けないんです。実際に食べた人がおいしいと感じないと長く続くメニューにはなりません」

 わたしも食べてみた。ソーセージはかなりしょっぱい。そして、ぷりっぷりである。ポテトは丼の汁を含んで、ふやけていく。しまいにはじゃがいもの煮物のようになってしまう。そのまま放っておいたら、汁と一体化してポタージュになってしまうのではないか。しかし、それもまた悪くはない。いわゆるB級グルメ的な食べ物には、混ざり合って混沌となる過程が必要だ。

 そばのなかに、じゃがいもの煮ものが入っていると思えばなんのことはない。ソーセージを食べ、じゃがいもを口に運び、そばをすする。問題はいずれも塩が利いているから、のどが渇くことだ。

「野地さん、うちにはレーベンブロイがあります」

 須賀店長がそう言いながら、ドイツビールを持ってきた。

 商売が上手というか、よくできている。ブレーメンそばは冷えたレーベンブロイを飲みながら食べるそばなのだろう。

「週末になると売れるんですよ。家族連れでやってきて、おとなも子どもも、ひとり一杯ずつ食べていく。お父さんはレーベンブロイを飲みますね。ソーセージ、じゃがいもは子どもも好きな食べ物ですから。そうそう、食べる前に、みなさん、写真を撮っていきます。店頭のサンプルを撮影して、実際の品物も撮る。ブレーメンそばはSNSの口コミで広がったヒット商品です」

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野地秩嘉 1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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