ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
論語と算盤と私
【第6回】 2016年10月19日
著者・コラム紹介バックナンバー
朝倉祐介

世界でいま一番起業しやすいのは日本!?
スタートアップ同士のシナジーをうむ“メタ起業家”目指す
孫泰蔵さんVS朝倉祐介さん<対談【中】編>

ミクシィ復活をけん引し、現在は複数の企業の取締役やアドバイザーのほか、スタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)など、幅広い活躍をつづける朝倉祐介さん。そうした多面的な経験をベースに築かれた経営哲学をぎゅっと凝縮した初の著書『論語と算盤と私』が10/7に発売となりました。発売を記念し、本書で取り上げた経営テーマに即してさまざまな分野のプロとのリレー対談をお送りしています。
今回のお相手はMistletoe(ミスルトウ)代表取締役CEO・孫泰蔵さん。ソフトバンクグループを創業した孫正義さんの実弟で、みずからもガンホー・オンライン・エンターテイメントなどの創業者として知られる起業のスペシャリストであり、若手起業家を支援する“兄”的存在でもあります。朝倉さんは起業に関心をもっていた大学在学中に聞いた孫さんの講演が強く印象に残っていて、ミクシィ時代に改めてきちんとお会いする機会があって感激したとか。【上】編につづき、この対談【中】編では、日本の起業環境の変化を含めて孫さんが始めたMistletoeの狙いや活動について伺っていきます。(構成:大西洋平、撮影:疋田千里)

アクセレーターやインキュベーターが急増
孫さんが次に目指すは“メタ起業家”

朝倉 2009年に孫さんが立ち上げたMOVIDA JAPANなどの尽力もあって、今や日本でもアクセレーター(事業拡大を支援する企業・団体、プログラムなど)やインキュベーター(革新的なアイデアの事業化を支援する個人・企業・団体など)も随分と増えてきていますね。

孫泰蔵(そん・たいぞう)さんプロフィル/1972年佐賀県生まれ。東京大学在学中の1996年、Yahoo! JAPANの立ち上げに参画し、コンテンツ制作やサービス運営をサポートするインディゴ株式会社を設立、代表取締役に就任。1998年にはガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社の前身となる、オンセール株式会社の設立に参画、代表取締役に就任。2009年、スタートアップ・アクセラレータMOVIDA JAPAN株式会社を設立、代表取締役CEOに就任。2013年Mistletoe株式会社を設立し、起業家の育成、ベンチャー企業への投資、スタートアップ・エコシステムの形成・発展に向け活動を開始。日本を代表するシリアル・アントレプレナーとして知られる

 当時の日本では、まだ日本にアクセレーターなどがほとんど存在していませんでした。だから、Y CombinatorやTechstarsなどをベンチマークに、パッチ型のプログラムを提供していこうと考えたのです。今では、みずほ銀行や東京ガスといった伝統的な大企業までが手を挙げ始めていて、起業の裾野を広げる活動に取り組む人たちはかなり増えました。

朝倉 その意味では、ひょっとしたら今は日本が世界で最も起業しやすい環境の国と言えるかもしれませんね。

 本当にね。米国にもアクセラレーターやインキュベーターはいっぱいいますが、スタートアップ数が圧倒的に多いぶん競争が激しいですから。

朝倉 今、米国におけるベンチャーキャピタルの投資額は日本の約50倍に達すると言われていますが、スタートアップの数の差は50倍どころの違いではすみませんもんね。

 挑戦数でいくと、日本はまだまだ追いつけていませんから、だからこそ“志低い起業”がもっと増えればいいと思います。

朝倉 そうして起業環境がよくなってきたなかで、孫さんが新たに2013年に設立されたMistletoe(ミスルトウ)という会社の活動について伺えますか。

 僕らはオーケストレーション(協奏)と呼んでいますが、さまざまな奏者が集まって構成されたオーケストラが素晴らしい音色を育むように、スタートアップ同士が集まる場を提供することで、1社が単独で起こすよりもはるかに大きなコレクティブインパクト(行政や企業、NPOなどといった立場の異なる組織が互いに連携して社会的課題の解決するアプローチ)を起こしていきたいと考えています。

朝倉 共同創業型のSOCIAL IMPACT STUDIOというアプローチとも呼んでおられますね。

 そうです。世界を見渡すと、現時点で2種類の人たちがそれに近いことを実現しています。1つは、アンドリーセン・ホロウィッツなど業界でもトップ級のベンチャーキャピタルです。彼らは単に資金を投じるだけでなく、何百人もの専任エキスパートを抱え、スタートアップに人をどんどん送り込んで事業を育てています。そのうえで、自分たちの投資先のポートフォリオ内でいくつものシナジーを生み出し、大きなインパクトを生み出しているわけです。

 そして、もう1つはグーグルが設立した持株会社のアルファベット。グーグルは、自動運転やディープラーニングなど、ありとあらゆる研究や開発に取り組んできた結果、もはやグーグルという事業会社の範疇に収まりきらなくなって、もうひとつ大きな枠組みとしてアルファベットを設立したのでしょう。

朝倉 著書の中でも、グーグルの「70:20:10ルール」(会社のリソースの70%をコアのビジネスに費やしつつ、20%を本業の延長線上にあるプロジェクト、10%を今までまったく関わってこなかったプロジェクトに投じる)について触れていますが、YouTubeも、当初は10%の一部とみなされていたようですね。

 それが今、大きく育ってますよね。アルファベットという大きなグループのなかでさまざまな分野のプロが交流して、化学反応が連鎖的に発生しています。要は、起業家たちを巧みに結集させることで、さらに大きなイノベーションを起こせている。つまり、起業家たちの間で化学反応が起きるよう設計する起業家、いわば“メタ起業家”です。

朝倉 なるほど、“メタ起業家”ですか。確かにそうですね。

近い将来、定住するという発想はなくなり、
「どこに住んでもいい(Living anywhere)」時代に

朝倉 Mistletoeでは、コレクティブインパクトをめざして具体的にどういったことに取り組んでいるのですか?

 6つのテーマを定めてアプローチを進めているのですが、その中で最もイメージしやすいのは「Living Anywhere」でしょう。近い将来、AI(人工知能)が台頭してくれば人間の仕事はどんどん奪われていき、摩擦的失業が発生するのは必至です。歴史を振り返ってみても産業革命の頃に機械打ち壊し運動が起きていますが、同じようなことが顕在化しうるわけです。おそらく「1日3時間労働が原則で、残業も30時間まで」などといったルールが設けられて収入が減ってくるでしょうから、ハッピーに生きていくには生活コストを下げる必要が出てきます。

『論語と算盤と私』著者の朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さんプロフィル/1982年生まれ。兵庫県西宮市育ち。中学卒業後に騎手を目指して渡豪。身体の成長に伴う減量苦によって断念。帰国後、競走馬の育成業務に従事した後、専門学校を経て東京大学法学部卒業。在学中にネイキッドテクノロジーを設立。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ネイキッドテクノロジーに復帰し代表に就任。同社の売却先となったミクシィに入社後、2013年より同社代表取締役に就任し、業績の回復を機に退任。2014年よりスタンフォード大学客員研究員。複数企業の取締役、アドバイザーを務めるほか、起業経験者によるスタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)も開始している

朝倉 今の残業制限どころではない話になりそうですね。

 じゃあ、どのコストを切り下げるかですが、日本人の家庭の一般的な支出で、実に40%以上を占めているのが住居費と自動車、保険、光熱費、通信費です。これらの中でも、私たちは土地に対してかなりのお金を費やしています。でも実際に親子で暮らす大きな家が必要なのは10年程度のことですよね。子どもが独立して再び夫婦2人とか1人の生活に戻ったときは、空室とローンが残る、というミスマッチが起きています。

朝倉 不動産がまさしく典型例ですが、あれこれモノを所有しすぎると、そのメンテナンスもお金だけでなく心の負担になりがちですよね。

 きっと2050年頃になれば、「昔の人は随分と土地にお金をかけていたらしいよ。それに、自動車を自分で運転していたらしい」とかいった具合に、後世の人たちから不思議がられると思います。通勤の必要が生じるのも、土地に縛られているからこそであって、今後VR(仮想現実)が発達すれば、どこにいても仕事をこなせる環境が整っていくでしょう。今の私たちは職場に通いやすい場所などに住まいを求めますが、近い将来には定住するという発想がなくなるはず。つまり、「どこに住んでもいい(Living Anywhere)」という考えが定着するようになると私は考えています。

 そこで、理想的な住居の1つとして挙げられるのが、オランダのメーカーが開発したモバイル居住カプセルEcocapsuleです。風力発電と太陽光発電を備えていて、シャワーやキッチンもあるので不自由なくどこでも暮らせます。別荘地もお金持ちだけのものではなくなるわけです。

朝倉 確かに、この居住カプセルなら電気やガスといった生活インフラの有無を問わず、どこにでも設置できますね。目の前に差し迫っている課題解決ではなく、少し未来を見据えた共同実験に取り組んでいるわけですね。

 ベンチャーキャピタルが「一歩先」のイノベーションを追求するスタートアップに投資するのに対し、Mistletoeは「二歩先」に目を向けています。わかりやすく例を挙げれば、フィンテックやアドテクは半歩先の話で、AIは一歩先。「Living Anywhere」は、さらにその先を展望したものです。僕たちは、二歩先のことしか見ていません。

朝倉 すると、MOVIDA JAPANにおいて支援したり、ともに働いてきたりしたてきた企業とは毛色の異なるスタートアップと関わる機会が増えてくるのでは?

 そのとおりですね。要素技術のなかでもすぐにはカタチにならないような、非常に野心的で高い技術力を有した研究開発型のスタートアップが多くなっています。MOVIDA JAPANの頃は、きめ細かいサービスを提供するアプリを開発する企業が中心でした。どちらかと言えば、「いますぐほしい!」というニーズを叶えるスタートアップ多かったですね。

基金に近い存在であって
リターン目標がないのは強み

朝倉 MOVIDA JAPANの頃、孫さんは先頭に立って「起業の裾野をもっと拡げていこう」という活動に取り組んできたと思います。逆に今は、先端のところで意欲的な研究開発を続けているスタートアップ企業を応援しているのですね。もちろん、両方が必要なことだと思います。

「個人の資金を元手に、10~20年を1サイクルのメドとして、その中で成功を収めた人たちが後続のスタートアップを支援することで還元してくれる循環を発生させたい」と孫さん

 そうですね。今のMistletoeのやるべきことは、個々の起業家の力をインテグレート(統合)し、イノベーションをオーケストレーションする(協奏させる)こと。さらに、それを加速させるエコシステムを育成することだと思っています。

朝倉 ただ、Mistletoeのやろうとしていることは、5年、10年で成果が表れるケースも中には出てくるでしょうが、多くはそれ以上の時間軸で臨むべき投資となって回収はかなり先になりそうですね。Mistletoeをビジネスとしてはどのように捉えていらっしゃるのでしょう?

 基本的に投じるのは私個人の資金で、他人様のお金は預かりません。10~20年を1つのサイクルのメドとして、その中で成功を収めた人たちが後から続いてくる新たなスタートアップを支援して還元するという循環を発生させたいと思っています。

朝倉 いわば、基金のような発想ですね。

 ええ。基金に限りなく近い存在であると思っています。ビジネスとしてサステーナブル(持続可能)になることは大事だと思っていますが、それ以上は求めていません。だから、ベンチャーキャピタルではないんです。

朝倉 それは非常にユニークな強みですね。リターンの目標値を掲げられることもないし、償還期限が定められることもない。

 そうですね。もっとも、資金が底を尽きたら終わりですけど(笑)。もしかしたら、やっていることに賛同して寄付してくれる人が出てくることは考えられます。

スペシャル・インフォメーションPR
ダイヤモンド・オンライン 関連記事
キーワード  孫泰蔵
自分の時間を取り戻そう

自分の時間を取り戻そう

ちきりん 著

定価(税込):本体1,500円+税   発行年月:2016年11月

<内容紹介>
生産性は、論理的思考と同じように、単なるスキルに止まらず価値観や判断軸ともなる重要なもの。しかし日本のホワイトカラー業務では無視され続け、それが意味のない長時間労働と日本経済低迷の一因となっています。そうした状況を打開するため、超人気ブロガーが生産性の重要性と上げ方を多数の事例とともに解説します。

本を購入する
ダイヤモンド社の電子書籍
(POSデータ調べ、11/20~11/26)


注目のトピックスPR


朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)

1982年生まれ。兵庫県西宮市育ち。中学卒業後に騎手を目指して渡豪。身体の成長に伴う減量苦によって断念。帰国後、競走馬の育成業務に従事した後、専門学校を経て東京大学法学部卒業。在学中にネイキッドテクノロジーを設立。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、ネイキッドテクノロジーに復帰し代表に就任。同社の売却先となったミクシィに入社後、2013年より同社代表取締役に就任し、業績の回復を機に退任。2014年よりスタンフォード大学客員研究員。複数企業の取締役、アドバイザーを務めるほか、起業経験者によるスタートアップ投資活動(Tokyo Founders Fund)も開始している。


論語と算盤と私

希代の若手リーダーとして注目される朝倉祐介さんによる初の著書『論語と算盤と私』をご紹介していきます。中学卒業後に騎手を目指して渡豪し、身体の成長に伴う減量苦によって断念。帰国後、競走馬の育成業務に従事するも交通事故によって再び断念を余儀なくされ、専門学校を経て東京大学へ進学・・・とここまでも異色の経歴ですが、その後も、大学在学中に友人と興したスタートアップの経営 + マッキンゼーでのコンサルティング業務 + 社長としてミクシィの立て直しに奔走 + スタンフォード大学StartXのメンターや投資家としての活動・・・と多面的に活躍。本書では、そうしたさまざまな立ち位置を経験したからこそ体得し得た経営哲学が縦横無尽に語られます。
実務家経験と戦略的思考、抽象化能力を併せ持つ著者の率直な語り口からは、経営や組織、事業のありかた、資本市場との関わり方、個人の生き方を考えるうえでの多くの気づきをきっと得ていただけるのではないでしょうか。

「論語と算盤と私」

⇒バックナンバー一覧