橘玲の世界投資見聞録 2016年10月28日

アイスランド首相を辞任に追いやった「パナマ文書」に
アメリカの著名人の名前がなかった理由
[橘玲の世界投資見聞録]

 かつてパナマといえば誰もが運河を思い浮かべたが、いまや「パナマ文書」ですっかり有名になってしまった。実際に訪れてみると、ここはなかなか興味深い国だ。

 空港からタクシーで市街地に入って最初に驚くのは、林立する高層ビル群だ。その光景は香港やシンガポールに近く、中米はもちろんメキシコシティやブラジルのリオデジャネイロと比べてもオフィスの集積は圧倒的だ。これほどまでの発展を遂げた理由は、パナマ運河がもたらす収入もあるだろうが、その第一の理由はタックスヘイヴン政策だ。

 一人あたりGDPで世界でもっともゆたかな国がルクセンブルク、アジアではシンガポールであることからわかるように、1990年代以降、金融ビジネスのグローバル化の流れに乗ったタックスヘイヴン国は、主権(sovereigntyの語源は「神の権利」)を活用することで急速に富を蓄えていった。中米ではその代表がパナマで、いまだ貧困と犯罪に苦しむホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドルといった近隣国とは天と地ほどの「格差」が開いた。

パナマ・シティに林立する高層ビル         (Photo:©Alt Invest Com)

 

「パナマ文書」の流出元

 パナマの金融機関については、実際に銀行口座を開設した風間真治氏のルポがもっとも詳しい。これによると最低預金額2000米ドル(約20万円)で担当者のつく「プライベートバンク」の口座を持てるようだが、日本からアメリカ経由で20時間ちかくかかる国に口座をつくっても使いこなせそうもないので今回は観光だけにした。

[参考記事]
●中南米最大のゲートウェイ「パナマ」で銀行口座を開設する
 

 せっかくパナマを訪れたので、最初に「パナマ文書」の流出元となった弁護士事務所モサック・フォンセカを見にいった。事務所は金融街の中心を走るニカノール・デ・オバリオ通りから住宅街にすこし入ったところにあり、事件直後は世界じゅうのメディアが集まったが、いまでは警備員が1人、所在なげに立っているだけだ。

「パナマ文書」の流出元モサック・フォンセカの入るビル (Photo:©Alt Invest Com)
ビルの1階と2階がモサック・フォンセカのオフィス   (Photo:©Alt Invest Com)


 モサック・フォンセカは、ユルゲン・モサックとラモン・フォンセカの2人の弁護士が1986年にそれぞれの法律事務所を合併して生まれた。

 フォンセカはパナマ生まれで、パナマ大学を卒業したあと、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学した。作家としても著名で、これまで4作の小説を発表しパナマの文学賞を受賞している。

 経歴としてはフォンセカより興味深いのがドイツ人のユルゲン・モサックで、南ドイツ・バイエルン州のフュルトで生まれ、1961年に13歳で家族とともにパナマに渡った。父のエルハルドはナチス親衛隊(SS)の元将校で、敗戦後は米軍の諜報機関の協力者となり、パナマではCIAのためにキューバの共産主義者の活動を報告していたという。そのため事件後は、多くのメディアがパナマ文書とCIAやナチス残党との関係を探ろうとしたが、息子のユルゲンが諜報員だった父の仕事や人脈とつながっている証拠は見つからなかったようだ。

 モサックとフォンセカは、500人以上のスタッフを抱え、世界40カ所以上に拠点を持つ法律事務所を育て上げたが、そのビジネスの根幹はオフショア法人の設立だ。高度の守秘性を約束された法人は脱税(租税回避)やマネーロンダリングに使われることが多く、顧客のなかにプーチン、アサド、カダフィなどの独裁者やその側近が名を連ねていたことから大きな注目と批判を浴びることになった。

 ただしパナマ文書はヨーロッパのクライアントが中心で、アイスランドの首相が辞任したり、イギリスのキャメロン首相(当時)が説明に窮したりしたが、アメリカや日本では政治家など著名人の名前は出なかった。

 そもそも日本では、政治家がタックスヘイヴンで資産を運用するというのはあまり考えられないし、仮にそういうケースがあるとしても利用するのはパナマではなくBVI(ブリティッシュ・ヴァージン・アイランズ)だろう。これは日本におけるタックスヘイヴン利用のスキームが、香港の金融機関にオフショア法人の口座を持たせるところから始まったからで、香港には法人設立を代行するたくさんの事務所があるが、彼らが紹介するのはほとんどがBVI法人なのだ。これは同じイギリスの旧植民地で、法制度が似通っているからだろう(その後、日本人富裕層の資産運用の拠点はシンガポールに移っていった)。

 それではなぜ、パナマ文書にアメリカの重要人物が出てこないのか? その理由はパナマの現代史を見ればよくわかる。


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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