「どうだ?なかなかのいい男だろう」

「うん、ニーチェとはタイプが違ったね。哲学者ってもっとこう、真面目だと思っていた」

「タイプ違うって、それは褒め言葉か?」

 ニーチェの質問をさらりとかわし、私とニーチェはバスに乗って家へ戻った。

 キルケゴールもニーチェ同様、自分がいいなと思った人にのりうつっているのだとしたならば、彼の美感覚と私の美感覚はかなり似ていると感じた。

 途中ニーチェが「暑い、暑すぎる! こう、冷えたアイスクリームがあれば最高なのだが」

 と、アイスクリームを買いたそうにしていたので、私たちはコンビニに寄ることにした。

 ニーチェはコンビニに入ると、アイス売り場には行かず、立てかけてあるファッション雑誌を読みだした。

「ニーチェ、アイス買うのやめたの?」

「いや、ちょっとこれを見てくれ」

 ニーチェが手に持った雑誌を開いて、私に見せてきた。

 なんということだ、そこには大きなシルクハットを手に持った、キルケゴールの姿が“街角スナップ”にでかでかと載っていたのだ。

「えっ!?これキルケゴールじゃん、どうしたの?なんで?」

「あの男、カリスマ読者モデルというものらしい。ほら、ここにも特集組まれてる。“憂愁の麗人・キルケゴールによる今月の憂愁コーデ”って」

「えっ全然知らなかった……」

「待ち合わせの時、女子高生に写真撮られとったのを覚えているか?その界隈では大人気者らしい。というかお前は知らなかったのか?もう少しファッション誌を読んだらどうだ?」

「いや、そればっかりは、ニーチェに言われたくないよ」

 まさか、キルケゴールがカリスマ読者モデルだったとは。そうだったのか、やばいやつだと見られていたわけじゃなかったのか。だからあんなに急いで喫茶店に隠れたのか。

 そしてもうひとつ、知らず知らずのうちに個性的なものに対して拒否反応をしめす癖が私にもあったんだな、と心の中で反省した。

「この雑誌、記念に買っとこうかな、憂愁コーデって気になるし」

「そうか、すっかりファンになったのか?まあ、キルケゴールも面白いが、他にも面白いやつはいるし……」

「ちょっと、会うのが楽しみになってきたな」

「まぁ、アリサが成長し、時が来たら……だな!」

 ニーチェはそう言うと、アイス売り場へと向かい「ハーゲンダッツ新作か……」「この、しろくまも捨てがたいな」と前髪を指にくるくると絡め、独り言を呟きながらアイスを選んでいた。

 次に会う哲学者がどんな人かわからないが、個性的なものを拒否せずに、受け入れてみようと思うと、ひとつ楽しみが増えたように感じた。

 誰かに見せるための人生ではなく、自分が情熱を燃やせる人生を、私も生きたいと心から思った。

(つづく)

青年は希望に幻影を持ち、老人は思い出に幻影を持つ。【『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』試読版 第22回】

原田まりる(はらだ・まりる)
作家・コラムニスト・哲学ナビゲーター
1985年 京都府生まれ。哲学の道の側で育ち高校生時、哲学書に出会い感銘を受ける。京都女子大学中退。著書に、「私の体を鞭打つ言葉」(サンマーク出版)がある