「感情」がフォームを崩す

中西】スポーツ選手が「失敗」するときというのは、「感情」が入ることによってフォームが崩れるときが多いです。逆に言うと、それが出ないときに素晴らしいプレーが飛び出す。

緊張感をパフォーマンスに変えられる人の脳内では、何が起きているのか?

わかりやすい例が、10月6日に行われたサッカーワールドカップ・アジア最終予選イラク戦で、試合終了ギリギリで見事なゴールを決めた山口蛍選手です。
彼は、所属チームのセレッソ大阪の試合では、イラク戦のような場所からのシュートの瞬間にフォームを崩すことが多くありました。似たような局面でシュートを打つときに、どうしても力んでしまって、ゴールよりも上に大きく外すことが多くあったんですね。「これはチャンスだ。決めたい」と感情が入るからこそ、シュートが決められない。
その背景があったからこそ、イラク戦のあの場面では、「決めたい」という感情よりも、「ボールを上に外さないようにしよう」という意識が前に出た。結果、彼のシュートは低い弾道を描いて、ゴールの中に吸い込まれていきました。

久賀谷】なるほど。決めたいという「感情」ではなく、どうしたらボールが浮かずにすむかというほうに意識がいったから、最適なシュートが放てたわけですね。

中西】その通りです。通常、サッカーのシュートでは、ボールへのインパクトの後にフォロースルー(蹴り抜く動作)があるんです。しかし、イラク戦での彼のシュートはインパクトしかしていない。つまり足を振り抜いていないんです。だからボールが浮かなかった。その場面で最適なフォームをとっさに選べたんです。

久賀谷】フィールドにいながらも、「どのフォームが最適か」というメタ認知があるわけですね。

中西】そうなんです。それが理想なんです。僕が選手にアドバイスするときは、「『決めたい』と思うのではなく、『決まるフォームを遂行すること』に心を持っていくべき」と伝えています。感情にとらわれず、淡々と、決まるフォームをただ遂行すればいいんです。ただ……。

久賀谷】わかっていても、感情が邪魔をしてしまうんですよね。たしかにその意味では、スポーツ指導の世界にマインドフルネスはまだまだ取り入れる余地があると思います。

中西】そこなんですよ。だからこそ僕も久賀谷さんの本に感銘を受けたんです。サッカーに限らず、マインドフルネスの視点が、もっと日本のスポーツ界全体に広がってほしいと思いますね。
イラク戦での山口選手のように、シュートを打つ瞬間に意識をし、決まるフォームを遂行できる選手を増やしたいんです。そのためには、「動物脳」と「理性脳」のバランス状態をふだんからつくっていくことが必要なんですね。

久賀谷】感情というのは多くの場合、「欲」や「とらわれ」ですよね。それが邪魔をする。とくにスポーツ選手がゾーンに入るときは、アドレナリンが出すぎても出なさ過ぎてもいけません。「欲」や「とらわれ」から自由にパフォーマンスを発揮できる状態をつくるうえでも、マインドフルネスに求められる役割は大きいですね。この点は、いわゆるビジネスパーソンのパフォーマンスの話とも、見事にオーバーラップしてくると思います。

緊張感をパフォーマンスに変えられる人の脳内では、何が起きているのか?

 

 (第2回に続く)