橘玲の日々刻々 2016年11月18日

誰も予測できなかった「トランプ大統領」誕生を後押しした
あまりにも深刻な白人労働者階級の貧困化
[橘玲の日々刻々]

 誰も予想できなかったトランプ大統領が誕生し、世界じゅうが呆然としている。メディアでは専門家が続々と「敗戦」の弁を述べている(なかには開き直っているひともいる)が、私もその末席を汚す者として、なぜ今回の選挙結果を見抜けなかったのか、その言い訳を書いておきたい。

ヒラリー・クリントン候補の敗因は?

 すでにいいつくされた感もあるが、クリントンの敗因はおおよそ以下のような説明が可能だ。

(1) 「メキシコ人(不法移民)は強姦犯」と暴言を吐き、「メキシコとの国境に万里の長城を築く」と述べたにもかかわらず、ヒスパニック層のうち3割もがトランプに投票した。

(2) 共和党主流派から「大統領失格」の烙印を捺されながらも、白人支持者はほとんど離れなかった。

(3) トランプの女性蔑視発言にもかかわらず、白人女性はクリントンに投票しなかった。

(4) かつては民主党の牙城だった中西部(ラストベルト=錆びた地域)の製造業が衰退し、仕事を失った白人労働者がトランプを支持した。

(5) トランプを批判しクリントンを支持するマスメディア(新聞)の影響がほとんどなかった。一方、トランプに大統領選を勝ち上がるちからを与えたのは、エンタテインメント系のマスメディア(テレビ)だった。

(6) ハリウッドの映画俳優や有名歌手などがこぞってクリントンを支持したが、こうした“セレブリティ”もほとんど影響力がなかった。

(7) メディア関係者や知識階級は東海岸と西海岸の「ブルーステイツ(民主党支持のリベラルな州)」しか知らないため、「レッドステイツ(共和党支持の保守的な州)」で起きている現実をまったく理解できなかった。

 いずれもアメリカ(と世界)を理解するうえで重要な現象だが、選挙結果が明らかになったいまでは一定の(後付けの)説明が可能だ。

米メディアも予想外だったトランプ新大統領の誕生  photo by getty images


「メキシコとの国境に壁をつくる」と宣言したトランプに対し、すべてのヒスパニックが反発したわけではない。米国籍を取得し、経済的に成功したヒスパニック中流層は、自分たちが不法移民の同類と見なされるのを迷惑だと考えるだろう。貧しいヒスパニックも、これ以上の移民流入が生活を脅かすと感じれば「万里の長城」を求めるかもしれない。「ヒスパニック=反トランプ」と信じ込んでいた選挙分析の専門家は、この層を完全に見落としていた。  

 白人富裕層がトランプを支持したのは民主党政権での(社会福祉のための)増税を警戒したからで、保守的な白人女性がトランプに投票したのはクリントンが演じる「男と対等な強い女」に反感を持ったからだ、と説明されている。これは間違いではないだろうが、それ以上に中高年の白人有権者の投票動向に強い影響を与えたのが、マイノリティ=黒人を優遇するリベラルな政策への強い嫌悪だ。

 黒人の9割がクリントンを支持したのは彼らが政治思想的に「リベラル」だからではなく、リベラル政権下での既得権層になっているからだとの指摘は、アメリカのメディアではタブーになっている。だがアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)が不公平であるばかりか、政策としてなんの効果もない(貧困率や犯罪率など黒人の置かれた状況はどんどん悪くなっている)というのはアメリカでは(暗黙の)常識になっており、「逆差別」された者の怒りは日本人が思っているよりはるかに強い。このことは、黒人の受験生より高い点数を取ったのに志望大学に入学できなかったり、「人種的に公正な配分」によって希望する職業に就けなかったのが、自分や自分の子どもたちだったらどう思うか想像力をはたらかせてみればわかるだろう。――とはいえ、この話題はSensitiveなのでここではこれ以上は触れない。

 「ウォール街を占拠せよ」の運動で「1%の金持ちと99%の貧乏人」が叫ばれたように、アメリカでは経済格差が大きな社会問題になっている。この格差は人種問題に転化し、黒人が貧困から抜け出せないのは奴隷制時代からつづく(法や制度には現われない)人種差別が理由だとされ、選挙前には警官による黒人射殺事件を契機に全米各地で暴動が繰り返される事態になった。だが米大統領選は、この経済格差が白人層のなかでも拡大している現実を白日の下にさらした。

 各種の調査によっても、貧しい白人(プアホワイト)の怒りがトランプを大統領に押し上げたことは間違いない。ではなぜ、彼らはこれほどまで大きな政治的ちからを持つようになったのだろうか。

「知識社会」に適応できない「プアホワイト」

 「プアホワイト」が貧しいのは、彼らが「知識社会」に適応できないからだ。なぜなら知識社会とは、その定義上、知能(言語運用・文書作成能力と論理数学的能力)の高い人間にもっとも有利な社会なのだから――。

 こうした言い方を「差別的」と感じるひともいるかもしれないが、グローバル化と知識社会化によって中流層がゆたかさから脱落しつつあることを最初に指摘したのは、ビル・クリントン政権で労働長官を務めたリベラル派の経済学者ロバート・ライシュだ。

 いまから25年前(1991年)にライシュは、世界的ベストセラーとなった『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』(ダイヤモンド社)で、21世紀のアメリカ人の仕事はスペシャリスト(知識労働)とマックジョブ(マクドナルドのようなマニュアル化された単純労働)に二極化すると予言した。――より正確には、(1)ルーティンプロダクション(定型的生産)サービス、(2)インパースン(対人)サービス、(3)シンボリックアナリスト(シンボル分析的)サービスに分かれるとライシュは述べた。(3)のシンボリックアナリストが知的プロフェッショナルの仕事で、(1)が製造業、(2)がウエイター・ウエイトレスやコールセンターの仕事だ。

 そのうえでライシュは、グローバルな競争によって「繰り返しの単純作業(ルーティンワーク)」に従事する典型的な工場労働者の収入が新興国の労働者の給与に収斂するばかりか、かつては国境によって保護されていたインパースンサービス(対人サービス業)も移民の流入によって、「感情労働」の強いストレスにさらされるにもかかわらず低所得を受け入れざるを得なくなると予測した。アメリカの中流層は内と外からの二重のグローバル化の奔流によって、かつてのゆたかさを失う運命にあるのだ。

 このようにライシュは、中流の仕事がマックジョブへと転落していく未来を深く危惧したが、リベラリストとして(トランプのように)移民排斥や自由貿易の否定を唱えることはなかった。その代わり、すべてのアメリカ人が知識社会に適応できるよう、教育にちからを入れなければならないと力説した。

 知識社会化が進むにつれて仕事に必要とされる知能のハードルは上がっていく。新興国の労働者は単純作業には順応できても、高度な教育でしか養成できない技能を短期間で習得するのは困難だ。だからこそ先進国の労働者は自分に投資して知能を高め、知識労働者として自立する道を目指さなければならない――。

 これは正しい現状認識にもとづく良識ある処方箋だが、果たしてそんなことが可能だろうか。『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』から20年後、一人の政治学者が統計的手法を駆使してこの疑問を検証した。それがチャールズ・マレーの『階級「断絶」社会アメリカ 新上流と新下流の出現』(草思社)だ(原著は2012年刊)。

 


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