イノベーション促進の議論では、「失敗の歓迎」が重要とされがちだ。しかしそれは、本当に望ましいのだろうか。リスクに関する正しい考え方、付き合い方をアンソニーが示す。


「森で道が二手に分かれていた。私は踏み慣らされていないほうを選んだ。それですべてが変わった」

 ロバート・フロストの詩“The Road Not Taken”(選ばれざる道)の結びとして有名な1節である。そしてこの誤解された詩は、イノベーションを求める経営幹部にとって、「リスク」の意味を捉え直す必要性を示すものでもある。

 ほとんどの人はこの詩を、米国人の伝統的特徴とされてきた「徹底した個人主義」の価値を表す、前向きなものだと考える。しかし詩の全文を慎重に読めば、後悔にも近い物憂げなトーンが感じられる(「私はこれを、ため息とともに言う」)。評論家によっては詩の主旨を、「人間は誤った判断を事後に正当化しがちである」こととしている(英語記事)。

 この誤解と同様に、経営幹部が「リスク」という言葉を口にするとき、以下4つの間違いのいずれかを伴っていることが多い。

 1.「アクションは最大のリスク」という思い込み

 多くの場合、最もリスクの高い選択肢は「何もしないこと」だ。素早く変化する今日の世界では、立ち止まっているだけで現在と今後の競争相手に後れを取る。だが多くの企業が用いる投資判断の方法は、この現実を見えなくしている。

 経営幹部ならば知っているように、ある投資の正味現在価値(NPV)を算出するには、未来のキャッシュフローを予測し、それを割り引いて現時点での金額に直す(DCF法)。NPVがプラスならそのプロジェクトに投資し、マイナスなら投資しないというのが原則だ。

 しかしこの方法は、最低基準(投資しない場合の価値)をゼロとしている。何もしないことが現状維持ではなくマイナスとなる状況では、成否ぎりぎりと予測されるプロジェクトは、非投資よりも優れた選択肢なのだ(こうしたDCFの罠については、2008年のHBR論文「財務分析がイノベーションを殺す」の中でクレイトン・クリステンセンらが詳述している)。

 2.「優れた起業家はリスクを追い求める」という思い込み

 優れた起業家は、そんなことはしない。新しい事業の立ち上げに付きもののリスクを認識している。結局のところ、新事業の大多数は失敗に終わる。成功者のほとんども、その努力に対してほどほどの金銭的リターンしか得られない。これはよく知られている事実なのだ。

 ノーム・ワッサーマンは、著書『起業家はどこで選択を誤るのか』でこう述べている。「平均すれば、起業家がスタートアップの立ち上げによって得る利益は、上場株式への投資による利益より多くはない。むしろリスクに対するリターンという観点から見れば、より少ない」

 優れた起業家が得意なのは、リスクを取ることではなく、リスクを管理することなのだ。パートナーたちとの協業、投資機関からの資金調達、チームの構築、収益化のための大胆な手段などは、いずれも賢いリスク管理の好例である。

 3.「失敗を歓迎すれば、リスクテイクを奨励できる」という思い込み

 Dictionary.comの妥当な定義によると、リスクとは「負傷や損失の可能性にさらされること。危険を引き起こすもの、危険性」である。リスクのないイノベーションはありえない。結果はどうしても不確実であり、時には望ましくない結末もあろう。よってリスクテイクを奨励すれば、イノベーションを後押しすることにはなる。

 とはいえ、失敗を何でも認めていいことにはならない。多くの場合、失敗は悪いことだ。準備不足、スキルが足りない、訓練を十分にしなかった、等が理由で失敗する人もいる。この種の失敗はけっして歓迎してはならない。むしろ経営幹部に必要なのは、イノベーションを成功させる道はまっすぐではないという認識だ。つまり、ファンブルもフライングも、そして時には失敗もゲームの一部、という覚悟である。

 4.「成功に報いれば、リスクテイクを奨励できる」という思い込み

 イノベーションに飢えた大企業の幹部はしばしば、報酬の問題で歯ぎしりをする。自社の制度上、ユニコーン企業の起業家(現実には非常にまれな存在だ)が得るような無制限の報酬を、社内イノベーターに提供できないと嘆くのだ。

 たしかにそうかもしれない。しかし、ほとんどの企業でイノベーションが抑制されている原因は別にある。それは報酬の不足ではなく、処罰の存在だ。実行を重んじる会社では通常、数値目標を達成した人に報い、そうでない人を罰する。しかしイノベーションに伴う不確実性を考えれば、すべてを正しく実行しても、商業的には失敗となることもありうる。その結果が厳しい処罰につながるならば、誰も、いかなるリスクも取ろうとはしないだろう。

 変革の取り組みでは、成果を素早く上げることで信用が築かれるのはよく知られている。だがイノベーション能力を伸ばしたい企業は、「素早い失敗」による損失を想定しておくことが必要だ。プロジェクトが打ち切られても、スケープゴートを探すのではなく、全員で(軌道修正を)歓迎しよう。そうすれば、会社が思考と行動を新たにするという意図を社員に示せるはずだ。

 あなたが次回、リスクについて聴衆に話す準備をするときには、いったん立ち止まり、上記の間違いをしていないか確かめてほしい。そうすれば「すべてが変わる」はずだ。


HBR.ORG原文:4 Assumptions About Risk You Shouldn’t Be Making August 15, 2016

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スコット・アンソニー(Scott Anthony)
イノサイトのマネージング・パートナー。同社はクレイトン・クリステンセンとマーク・ジョンソンの共同創設によるコンサルティング会社。企業のイノベーションと成長事業を支援している。主な著書に『イノベーションの最終解』(クリステンセンらとの共著)、『イノベーションへの解 実践編』(ジョンソンらとの共著)、新著に『ザ・ファーストマイル』がある。