橘玲の日々刻々 2016年12月12日

若者が「優先席」を譲るのは、権利か義務か?
[橘玲の日々刻々]

 電車内の優先席をめぐるお年寄りと若者の口論が動画サイトに投稿され、議論沸騰の騒ぎになりました。

 動画では、お年寄りが「代わってくれって言ってるんだよ。席を」と優先席を譲るよう求めたのに対し、その言い方に気分を害したらしい若者が「悪いけどそういう人に譲りたくないわ…残念だったな」と拒否し、「なに。そこ優先席だってわかんないんだ」「わかんないですね」で会話が終わっています。

 なんとも不快なやりとりですが、この動画の投稿主は「私は優先席を譲りません!!なぜなら先日、今にも死にそうな老人に席を譲ろうとしてどうぞと言ったら『私はまだ若い』などと言われ、親切な行為をした私がバカを見たからです」と動機を説明しています。

 これについてネット上ではさまざまな意見が交わされましたが、優先席を「高齢者などに優先的に席に座る権利を付与したもの」と定義するなら、どちらが正しくどちらが間違っているかはクリアに説明できます。

 まず、動画に登場したお年寄りは優先席に座る権利を持っており、その権利を行使したわけですから、若者はたとえ相手の口のききかたが不愉快でも席を譲る義務があります。なぜなら、権利と義務は一体のものだからです。

 その一方で、権利を持つひとはそれを放棄することもできます。「今にも死にそうな老人」に席を譲ろうとしたのに断られたとしたら、その老人は自らの意思で権利を放棄したのですから、善意を裏切られたなどと傷つく必要はなく、そのまま座りつづければいいのです。

 このように「権利」には、それを持つひとが行使するのも放棄するのも自由、という性格があります。いったん権利を行使すれば、相手にはそれに従う義務が生じます。しかし権利を放棄するのも自由なのですから、その場合はなんの義務もないのは当然です。

 私の経験では、アメリカの電車で障がい者用の席に座っていて、車椅子のひとが乗ってきたので席を立つと、礼もいわず当然のように車椅子をそこに固定します(ちょっと偏屈な感じのひとでしたが)。若者が高齢者に席を譲ろうとして断られると、「オーケー」といってそのまま座りつづけます。日本のようにお互いに席を譲り合う光景も見られますが、これでなんの違和感もなく、お互いになんとも思いません。

 それに対して日本では、権利を行使する際に義務を負うひとの了解をとらなければならない(すくなくとも感情を害してはならない)とか、こちらが義務を果たそうと申し出ているのに一方的に権利を放棄するのは失礼だとか、きわめて特殊な約束事があるようです。 

 それを日本人の美質だとか、おもてなしだとかいうのかもしれません。欧米のように、権利と義務の関係を明確に定めるのを「冷たい社会」だと感じるひともいるでしょう。しかし、これだけは知っておく必要があります。

 「権利(義務)とは何か」をちゃんと理解せずに、いたずらに権利ばかりを付与すれば、電車のなかで起きたような不快な出来事があちこちで頻発することは間違いありません。あなたはそんな社会を望みますか?

『週刊プレイボーイ』2016年12月5日発売号に掲載

 

橘 玲(たちばな あきら)

 作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部の大ヒット。著書に『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』(ダイヤモンド社)など。中国人の考え方、反日、歴史問題、不動産バブルなど「中国という大問題」に切り込んだ『橘玲の中国私論』が絶賛発売中。近刊『「言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)が30万部のベストセラーに。

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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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