くまがい・よりよし
1952年東京生まれ。医学博士。日本脳神経外科学会認定専門医、身体障害者福祉法診断指定医、日本医師会認定産業医、認知症サポート医。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京警察病院、都立荏原病院、東大医学部附属病院、自衛隊中央病院などの脳神経外科を経て、85年新京浜病院院長、92年京浜病院院長。2000年医療法人社団京浜会設立、12年理事長就任。 Photo by Takeshi Yamamoto

 そこで、妻の勧めで病院の近くに引っ越しました。これで通勤に要する時間が極端に短くなり、ストレスも減りました。2年後の還暦を迎えた時、「今年で年賀状をやめる」と宣言。同時に「65歳になったら車の運転をやめる」とも宣言しました。

 その後、父は脳梗塞で倒れ、1年半後に亡くなりました。父から何も言われなくなったせいか、私のストレスも減り、体調不良も次第に改善しました。今では車をこすることもなくなりました。

 当時58歳の私は、過度のストレスからアルツハイマー型認知症と同様の状態に陥ったのです。現在64歳、幸いにして私は認知症にはなっていません。現在、私は家族の進言により、車の運転時間を必要最小限にまで減らしています。

 振り返れば、精神的負担にならないように、意識して家族と仕事の話をするようにしたこと、早々に「自分の体を犠牲にしてまで義理を通す必要はない」と悟ったこと、さらに自分の身体能力の衰えを隠すことなく、親しい人に吐露したこと、などが幸いしたようです。これでいかに心が楽になったことか。

 高齢者ドライバーの交通事故は、「明日は我が身」であり、身近な問題と考えて対応すべきなのです。

すぐにパニックになる
習得した運転動作を忘れる

――そもそも認知症のドライバーは、なぜ、事故を起こしやすいのでしょうか。

 認知症は、今まで習得した記憶を忘れる病気です。高齢者ドライバーの場合、交通ルール、運転におけるルーチン動作、運転の操作、車の使い方のほか、左右を見たり、一旦停止するといった安全上の確認操作などを忘れてしまいます。

 見慣れた光景でもまったく違ったものに見え、手慣れた動作が初めての動作のように感じられてしまいます。なので、入口と出口を間違えたり、アクセルとブレーキの踏み方を間違えてしまう。

 しかも、突然の出来事に対応する能力が低下します。つまり、とっさの時に「あれ、どっちだったっけ」ということが起る。すぐにパニックになり、慌てる。慌てるので、間違いを取り返そうと余計に焦る。あるいは失敗を悟られないように、さらに墓穴を掘り、失敗を繰り返すことになるのです。

 もちろん、冷静になって安心した状態ならば、認知機能は常に同じ状態ではないので、思い出すことができます。しかし、慌てさせられた時や、とっさの時、あるいは暗かったり、普段と違う状況になった時に、「難なくできたこと」ができなくなるのが認知症であり、認知機能障害という病態なのです。