誰も知らないTPP

 ネットで日本のメディアをみると毎日のように“TPP”という言葉が出てくる。いつのまにか首相の公約になっていて、混迷極める政権の命運がかかった政策の一つになっているようだ。私が知る限りにおいてだが、アメリカでは経済番組でも一般ニュースでも“TPP”という言葉に出会ったことがない。私が在籍するエール大学はじめニューヨークやボストンのアメリカ東海岸の知識人層の間でもTPPの意味がわかる人に出会ったことがない。

 結論から言うと、TPPの参加の議論について、アメリカの意向を過剰に気にする必要はないと思う。TPPをどうしようが、アメリカにとって日本の相対的な重要度は損なわれることはない。日本の重要性は増す一方だろう。“日本の国益にとってどうなのか”に集中した議論をするべきだ。その上で参加の可否を問えばいい。

 先日、私の所属するエール大学マクミランセンターでロバート・ゼーリック世界銀行総裁の講演があった。エール大学のグローバライゼーション研究所所長のエルネスト・ゼディージョ教授との対談形式だ。旧知の二人の対談を、シニアフェローとして最前列で聞かせていただいた。

 余談だが、ゼディージョ教授は2000年までメキシコ大統領を務めていた人物だ。TPPの先行事例でもあるNAFTAの実情を知る人物である。ゼディージョ氏は元大統領だからエールの教授をしているのではない。彼は博士号をエール大学で取得しており、その実績も考慮されてエール大学で教鞭をとっている。各分野のノーベル賞受賞者にも学校行事でよくお会いするが、元大統領とかCIA元長官の教授がゴロゴロいるところがアメリカの名門大学のすごさだ。

世銀総裁とメキシコ元大統領の激論

 一方のゼーリック氏の経歴は、米大統領補佐官、USTR(米通商代表部)、国務副長官を経て第11代の世銀総裁に就任。WTOドーハラウンドの生みの親といわれる人物だ。その間にハーバード大学ケネディスクールで研究員をつとめ、ゴールドマン・サックスのアドバイザーも歴任。政府・ビジネス・学界を行き来する“回転ドア”の成功例の典型だ。