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気づいたらフィンテック起業家になっていた公務員の話
【第2回】 2016年12月27日
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柴山和久

シリコンバレーが金融業界にやってきた!?
フィンテックで始まる「金融サービスの民主化」

資産運用のロボアドバイザーを提供するスタートアップ、ウェルスナビを2015年4月に立ち上げた柴山和久さん。東京大学法学部を卒業後、2000年に財務省(当時、大蔵省。在籍中に米ハーバードロースクール留学、ニューヨーク州弁護士資格取得)に9年間勤務したのち、仏ビジネススクールINSEADでMBAを取得、マッキンゼー・アンド・カンパニー勤務を経てフィンテックベンチャーを起業した、まさに華麗なる経歴の持ち主です。戦略的にもみえるキャリアですが、自分が起業するなんてまったくの予想外だったとか。それでも自分でやるしかない!とウェルスナビ設立を決断した理由や、さまざまな経験を経てマクロ・ミクロ両面から感じたお金や豊かさへの思いの変遷について伺っていきます。第2回はウェルスナビの業容から派生して、そもそもフィンテックって何なのか、あらためて整理します。(構成:イイダテツヤ)

 “フィンテック起業家”ーー最近、私を紹介いただく枕詞としてよく使われる言葉です。

「フィンテック起業家」と呼ばれることには違和感があった…

 昨年2015年4月、資産運用のロボアドバイザーを手がけるウェルスナビを設立しました。金融+テクノロジーを主軸とする「フィンテック・スタートアップ」です。設立当時、私ひとりだった社員は約30人まで拡大し、2016年10月にはSBIグループとの資本業務提携を発表するなど、順調に業容を拡大しています。また、お釣りをコツコツ貯めて運用するサービスを2017年春に立ち上げますので、そちらのイメージを強くもたれている方も多いかもしれません。

 事業の成長にともなって、フィンテック推進に向けた金融業界や行政主催のセミナーなど、さまざまなイベントへの登壇に声をかけてもらう機会が増えています。そういう席で「フィンテック起業家」として紹介されるわけですが、当初はかなり違和感を感じたものでした。

前回の記事で述べたような財務省時代の経験や私自身の家族の体験があり、海外の富裕層の間で当たり前になっている資産運用サービスを日本で普及させたいという思いがあって、ウェルスナビを創業しました。決してフィンテックそれ自体が目的ではありません。にもかかわらず、「フィンテック」という言葉があまりにも急激に盛り上がったため、その激流のなかで何か“流行りもの”として消費されそうな懸念を覚えたのです。

 しかし最近では、フィンテックとは何かについて私なりの整理もできて、「フィンテック起業家」と呼ばれることに違和感を感じなくなりました。むしろ、そう呼ばれることに誇りを感じるほどです。フィンテックには、金融サービスを民主化する(democratization)という重要な社会的使命がある、と考えるからです。

数年前までいわれてきた「デジタル化」と
フィンテックは何が違うのか

 そもそも、フィンテックとはなんでしょうか。

 その言葉自体に明らかな定義が存在しないといってもいいぐらい、10人いれば10通りの定義がある曖昧な言葉です。仮に、金融とテクノロジーを融合すること自体がフィンテックであるならば、それこそ1980年代からずっとフィンテックが続いていることになります。金融とテクノロジーは親和性が高く、これまでもIT投資の相当部分を金融業界が飲み込んできたからです。

ウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久さん(撮影:疋田千里)

 しかし、数年前まで米国の金融機関のITプロジェクトをサポートしてきた経験からは、米国の金融機関が主導するITプロジェクトの取り組みでは「フィンテック」という言葉は用いられず、「デジタル化(digitization)」という言葉が使われていました。金融とテクノロジーを融合させるだけでは、フィンテックにはならないのです。

 私なりの定義をいえば、フィンテックとは「金融サービスがユーザーにとって最適なかたちに生まれ変わること」だと考えています。そのための手段として、スマートフォンやクラウド、金融API(Application Programming Interface)などのテクノロジーが使われていますが、それら自体はネット業界ではごくごく標準的なものです。こうしたテクノロジーを使ってユーザーが望むかたちにサービスが生まれ変わることは、金融業界に限らず当たり前のことであり、得体の知れない“流行りもの”とは一線を画した動きです。

 フィンテックについて、米国最大の銀行JPモルガン・チェースのCEOを10年以上にわたって務めたジェームズ・ダイモンが面白い表現をしていました。2015年4月に株主に向けた書簡で「シリコンバレーがやってくる!」といっているのです。

「シリコンバレーがやってくる!何百ものスタートアップが優秀な人材と資金を集め、伝統的な銀行業に代わるさまざまなサービスをつくっている。われわれも、スタートアップに劣らぬ、円滑な顧客体験をもたらす競争力のあるサービスづくりに取り組んでいく。その際、スタートアップとの協業が合理的ならば、それに対する心理的な抵抗感は一切ない」

 1980年代からIT投資に積極的だった同行のCEOをしてここまで言わしめるということは、これまで金融機関が取り組んできたIT活用のイノベーションとフィンテックがまったく異質なものであり、脅威になり得るということでしょう。

フィンテックの流れをよみとくカギは
UberやAirbnbに共通する成功要因にある

 フィンテックの流れを読み解く重要なカギは、いま世界中で話題となっているユニコーン(時価総額10億円以上の未上場企業)のUberやAirbnbの成功要因と共通しているのではないか、と思います。

 Uberはタクシーや一般ドライバーと乗客をマッチングさせるサービスで、サンフランシスコやニューヨークで爆発的にヒットしました(日本は白タク行為にあたるとして、一般ドライバーの配車サービスは未導入)。専用アプリに目的地を入力すると、おおよその待ち時間と料金が提示され、決済もスマホで完了します。乗客はドライバーと直接現金のやり取りをしたり、その場でクレジットカードを使う必要もありません。慢性的なタクシー不足に悩むニューヨークで圧倒的に支持されるのも当然です。現在は世界約500の都市でサービスが展開されています。同じように、自宅を宿泊施設として旅行者に提供するマッチングサービスをしているのがAirbnbです。ホテルより安く宿泊でき、大きなイベントの際に発生するホテル不足を解消してくれるのですから、多くの人に支持されるのも頷けます。

 UberやAirbnbに共通する成功要因は、下記3つにまとめられると思います。

1 ユーザーの不満が溜まっている規制産業において
2 ユーザーの利便性を飛躍的に高めるサービスを
3 規制のギリギリ外側で提供している

 一言でいえば、「ユーザーにとってのサービスの最適化」です。

 ここで注目すべきは、シリコンバレーの波が規制の外側から内側へと向かっている点です。シリコンバレーの雄となったマイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどは、OS、検索エンジン、SNSといったそれまで世の中に存在しなかった新しいサービスを提供して成長してきました。世の中に存在しなかったということはつまり、規制の外側にあった業界といえます。

 次に、シリコンバレーが目を付けたのは、ユーザーに不満が高いうえに規制ギリギリでのイノベーションが可能な分野です。前述したタクシーや宿泊施設が、それに当たります。テクノロジーの進化を武器に、ユーザーの利便性を飛躍的に高めることができれば、業界の常識や勢力図が一変されるのは必然です。

 そして、シリコンバレーの波は「規制ギリギリ」から「規制の内側」にまで到達しようとしています。規制の内側でしかもユーザーの不満が高い分野の代表が、まさに金融や医療、教育業界であり、フィンテック、ヘルスケアテック、エドテックがそれぞれの分野で「ユーザーにとってのサービスの最適化」を推進していくことになります。

 このように全体像を俯瞰してみると、フィンテックが決して一過性の“流やりもの”ではなく、水が高いところから引くところへ流れるがごとく、必然的な流れであることがわかります。

 (なお、このように整理すると、海外で大成功をおさめたサービスをそのまま日本に輸入するだけではうまくいかないということになります。たとえば、東京では雨や雪の日を除いてタクシー不足に対するユーザーの不満は限定的ですから、シェアリング・エコノミーが流行ってもUberのビジネスモデルをそのまま東京に持ち込むだけでは、ユーザーの心を捉えられず成功しないでしょう)

2020年には、今とはまったく異なる
新たな金融スタンダードがみえる

 では、フィンテックでユーザーにとっての最適化がなされるとして、具体的に金融サービスの、何が、どう変わるのでしょうか。

 働く世代にヒアリングをすると、金融サービスにかかわる不満や疑問がたくさん出てきます。銀行の営業時間は平日のみで短く、銀行の窓口に行くには有給取得が必要です。また、営業時間内に行けたとしてもすごく混んでいて、いろいろな書類への記入が必要です。ATMでお金を下ろすごとに手数料が掛かることが多いのに、銀行に預けた預金に金利はほとんどつきません(余談ですが、私自身ヒアリングをしていて驚いたのですが、「『預金金利』というものは大学の経済学の講義で習ったことはあるけれど、実際に見たことないので、アカデミックな概念かと思っていた、という声もありました)。

 最近では、多くの金融機関がスマートフォン向けアプリを用意して銀行を訪れる手間を省こうとはしてくれていますが、スマートフォンになれた若者の視点からは、どのアプリも使い勝手が非常に悪いのではないでしょうか。実際、評価の★は1~2個と不人気です。さらに、投資や資産運用の分野では、そもそもどのようなサービスが自分にとって最適なのかすらわからない、という不満もあります。でも、多くのユーザーはこうした不便さについて、「相手が金融機関だから仕方がない」と諦めてしまっています。そうしたさまざまな不満や不都合を解消し、ユーザーにとって最適なサービスに生まれ変わらせるのが、私の考えるフィンテックの役割です。

 もちろん、これまえでも現在も、銀行をはじめとする金融機関は、巨額のIT投資を行ってきました。スマートフォン向けアプリ開発も決して手を抜いているわけではありません。しかし、これまでとこれからとではやり方がまったく異なるのです。私が米国で行っていた「デジタル化(digitization)」も含めて、過去の金融イノベーションは「手作業でやっていたこと」をシステム化・自動化して置き換えることが中心です。たしかに、多くの金融サービスが速く正確になり、コストは下がりました。結果としてユーザーは、ATM利用や振込の手数料が安くなったり、銀行での待ち時間が多少短くなったという間接的な恩恵を受けてきました。しかし、それはあくまで、「これまでのサービスの改善」であって、「新しいサービスの登場」ではありません。

 それが、フィンテックの登場によって、ユーザーにとって最適化された新しい金融サービスが提供されるようになります。

 たとえば、家計簿アプリが展開している「複数の銀行口座の残高が同時にわかるようになる」サービスは、ユーザー体験としては新しいものです。資産運用の面から見ても、複数の銀行にまたがる資産を一目で把握できるため、非常に画期的だと思います。さらに、ウェルスナビが提供するように「富裕層向けの投資運用サービスを誰でも使える」ようになれば、多くのユーザーがこれまで体験してこなかった新しいサービスが徐々に社会に広がっていきます。

 「中小企業や個人事業主の会計全般(お金の流れ、帳簿など)をクラウドですべてリアルタイムに確認できる」クラウド会計サービスも、まったく新しいものです。ユーザーにとって帳簿付けや手間が省け、たとえば日々の経費処理のレベルでも、Apple Payと交通ICカードと会社の経理システムが連動させて、改札口でスマホでピッとやると、そのまま交通費として計上・精算されるといったサービスも登場しています。

 さらに、銀行からの融資スタイルが一変する可能性を秘めています。というのも、これまで銀行が融資先(融資候補先)の企業の財務・経理状態を知るには、半年や四半期ごとに会計報告を確認するほかに術がなく、担保をもとに融資してきました。しかし、クラウド会計によって、企業の経理・財務情報がリアルタイムで共有できるならば、担保がなくてもキャッシュフロー・ベースでの融資判断がしやすくなります。これは、従来、一部の大企業向けに提供されてきた融資のかたちが、中小企業にも開放されていくことを意味します。

 このように、ユーザーに最適化された金融サービスが、テクノロジーを活用して圧倒的な低コスト構造のビジネスモデルで実現されることにより、従来は大企業や富裕層だけに提供されていた良質なサービスを誰でも利用できる未来がやってきます。フィンテックによる金融サービスの民主化(democratization)は、いま始まったばかりです。

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柴山和久(しばやま・かずひさ)

ウェルスナビ株式会社代表取締役CEO。2000年に財務省に入省し、日英で計9年間にわたり予算、税制、金融、国際交渉に参画。その後、2010年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、主にウォール街に本拠を置く機関投資家をサポートし、10兆円規模のリスク管理と資産運用に携わる。次世代の金融インフラを構築したいとの思いから、2015年4月にウェルスナビを創業。東京大学法学部、ハーバード大学ロースクール、INSEAD卒業。ニューヨーク州弁護士。


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