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献魂逸滴 極上の日本酒を求めて

「ハイエンドな日本酒」か「贅沢な嗜好品」か
古酒・熟成酒ワールドのとば口で学んだこと

柳 紀久夫
【第25回】 2011年3月4日
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 過日訪れた島田商店(大阪市西区)で体験した本格的な古酒・熟成酒との出合いは、今なお強烈な印象として脳裏に焼き付いていた。

 「古酒・熟成酒」は、いつか取り上げてみたいテーマの一つではあった。だが、如何せん、日本酒愛飲歴だけはハンパないキャリアを持つにしては、古酒・熟成酒においての知識は生半可なものでしかなく、価格面においても新酒と比較してハイブラウになってしまうことなどの理由から躊躇していたのである。

 換言すれば、日本酒における深遠なテーマの一つであることを認識しつつも、意図的に避けてきたといえる。それでもあえて今回取り上げたのには、島田商店で体験した衝撃を多少なりとも共有してもらいたいとの思いからである。ビギナー視点での暴挙であることをご理解いただいたうえでお付き合い願いたい。

“失われた1世紀”を経て
復活した古酒を珍重する訳

 古来(鎌倉時代~江戸時代末期)、長期間寝かせて熟成させた日本酒は「古酒」と呼ばれ、珍重されてきたという。昨今の焼酎ブームにより火が付いた泡盛の古酒(クースー)ではない。それも、長く寝かせれば寝かせるほど貴重とされ、熟成年数に比例して値段も高く取引されてきたことが各種文献にも残っている。

 しかし、明治期に入ると古酒は忽然と姿を消す。時の政府は、日清・日露の戦費を賄ったのではと穿つほどに過酷な税金(「造石税」=販売量の如何を問わず、醸造した酒のすべてを課税するというもの)を日本酒に課したのである。

 当時の技術では隣り合わせだった酒の腐造という問題(木桶で造られる酒はどうしても雑菌に弱かった)が解決されないなかで、酒造メーカーとしては高い税金を払ったうえに腐敗するリスクを背負ってまで酒を熟成させることを止め、造るそばから売り切って換金するというスタンスを取らざるをえなくなる。

“失われた10年”どころではない。古酒においては“失われた1世紀”だったのである。

 では、どのようにして古酒が復活したのだろうか。

 察するに、各醸造元が技術の研鑽を目的に出品する新酒鑑評会用の酒は、金賞を獲るために採算を度外視して造ったアートであり、流通させることを目的にしたものではなかった。市販は行わないわけだから蔵で貯蔵し熟成させたりして、門外不出の研究材料にしていたのだろう。

 ところが、熟成度合いを確認したり、醸造年度の違う酒をブレンドしたりして利いてみたところ、新酒の時とは異なる魅力が開花していることがわかった。そこで、その一部を特定のチャネルで試験的にマーケティングしたところ、コアなファンに支持されたことが契機になったのではと考える。

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柳 紀久夫

1956年、東京・神田に生まれる。元「週刊ダイヤモンド」編集委員。大学在学中に日本酒に開眼。以来、酒屋放浪では飽き足らず、日本酒を媒介にしたネットワーク作りや日本酒イベントの発起、取材に便乗しての全国地酒探訪に注力。週末はひたすら極上の日本酒を求めて各地の酒販店・酒蔵を巡る。


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