昨年生産性が発行され、働き方改革の議論で注目されるようになった生産性について、著者の伊賀泰代氏が、マッキンゼーで同期入社だった現ヤフーCSOの安宅和人氏と対談。
マッキンゼーで生産性の概念を身につけた2人が、その問題の核心を語り合う。2回目はマッキンゼー時代のお互いについて(構成・新田匡央、写真・鈴木愛子)。
※第1回はこちら

「伊賀さんは、生産性について1秒で答える人だった」

伊賀泰代(以下、伊賀):今回はマッキンゼー時代のお互いの印象について話してください、ということなんですけど、…このテーマ、いろいろヤバイ話が多くて怖いです(笑)。

安宅和人(以下、安宅):全くその通りで、、(笑)。僕と伊賀さんは、入社した年が同じなんですよね。僕が新卒として4月に入社し、伊賀さんが8月に中途で入ってきたから半年しか違わない。最初の思い出は、たしか伊賀さんが入って1週間目だったかなあ。マッキンゼーはプロジェクトごとにアサインされるんだけど、入社したばかりの新人はトレーニングもあってなかなかアサインされない。やることがなくて暇なんです(笑)。だから昼間から……、もう時効ですよね?

伊賀泰代(いが・やすよ)
キャリア形成コンサルタント。兵庫県出身。一橋大学法学部を卒業後、日興證券引受本部(当時)を経て、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスにてMBAを取得。1993年から2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにてコンサルタント、および、人材育成、採用マネージャーを務める。2011年に独立し、人材育成、組織運営に関わるコンサルティング業務に従事。著書に『採用基準』(2012年)『生産性』(2016年)(ともにダイヤモンド社)がある。
ウェブサイトhttp://igayasuyo.com/

伊賀:どの話?外には出せない話が多すぎて即答できません(笑)。

安宅:昼間から、オフィスの近くにあったホテルのバーに行きました。2時間ぐらいだったかな。抱腹絶倒の会話内容はさすがに話せないけど、僕がマッキンゼーにいた11年間でもっとも楽しい数時間だったというぐらい面白かった。超ご機嫌な人が入ってきたなという印象だったかな。

伊賀:入社すると誰でもすぐ理解することなんですけど、私みたいな中途入社者の多くはそこまで地頭は良くないんです。でも、例えば私ならバブル期の金融業界の裏側を見てきたり、海外留学も経験してるしと、「世の中ってこんな感じ」みたいな社会に関する勘所は持っている。

 一方の安宅さんたち新卒で入った人たちは、圧倒的に頭がいい。けれどまだ若いし、社会経験がないので世の中がどのようなものかは全然知らない。だからある意味、補完関係にあるんですよ。そうじゃない?

安宅:伊賀さんの頭がいいか悪いかは、とりあえず置いておくことにしましょう(笑)。いわゆるマッキンゼー的な「hard problem solving」においては、アナリストから純血的にサラブレッドとして育てられる新卒上がりの人のほうに、圧倒的に強い人が多いのは事実ですね。理系出身の人が大半ということもあるかもしれない。

伊賀:文系でも経済など「カチッ」とした学問をやってきた人のほうが向いてると言われるよね。法学部って一般的には尊敬されてるのに、マッキンゼーに入ると「使えない学部」扱いされてて「伊賀さんって法学部なのによくできるね」とか、妙な褒められ方をする(笑)。

安宅和人(あたか・かずと)
ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサー。データサイエンティスト協会理事。応用統計学会理事。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経化学プログラムに入学。2001年春、学位取得(Ph.D.)取得。ポスドクを経て2001年末、マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域における中心メンバーとして、幅広い分野におけるブランド立て直し、商品・事業開発に関わる。2008年9月ヤフーへ移り、COO室長、事業戦略統括本部長を経て2012年7月より現職。事業戦略課題の解決、大型提携案件の推進に加え、市場インサイト部門、ヤフービッグデータレポート、ビッグデータ戦略などを担当。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)がある。

安宅:そうそう。ただ、実際のコンサルティングという仕事は、人の心に向き合う仕事。やりたいことを具体化し、実現のための問題を明確にし、問題を解決するためのアクションをはっきりさせる。その支援をするのがコンサルタントです。感覚的に言うと、マッキンゼーのコンサルタントはオリンピック選手のコーチに近いと思います。クライアントの多くは業界の1位か2位。悪くても3位なので、メダリストなんです。そういうクライアントが金メダルを取る戦いを手伝っている。そのとき、クライアントの気持ちを理解し、やる気にさせることが絶対的欠かせない。それができるのは、職業経験者、かつ百戦錬磨の外国人に揉まれてきたような中途入社の人たちなんです。そのようなソフトなスキルは新卒とは比較にならないほど強いんです。両者は補完関係といえば補完関係だけど、いつまで経っても間が埋まらない。重なる部分が妙に少ない集団であることは間違いないですね。

伊賀:コンサルタントは当事者じゃないから、クライアントの人や組織に動く気になってもらえないと最終的なインパクトにはまったくつながらないからね。

 それにしても私が四苦八苦してるのに、安宅さんら新卒で入った人たちは、ものすごくレベルの高いハードスキルをあっという間に身につける。あれには驚かされます。

安宅:ハードスキル…。マッキンゼーでは問題解決のためのスキルの分析的な部分をそう呼んでいますね。

伊賀:一方で私なんかが持ってるのがソフトスキルと呼ばれるもの。さっき言った組織や人の機微を理解して、どこを押せば動くのかと考えたり、チームをやる気にさせるスキル。もう一つは仮説を立てるスキルかな。組織や社会の動き方が理解できてると、現実的でパワフルな仮説を見つけるスピードが早くなる。

 そうしてイシューさえ正しく設定されれば、あとは安宅さんみたいな天才的な能力を発揮する人がたくさんいるので、そこからは私なんかの生産性ではまったく歯が立たないんですけど。

安宅:そんなことはないですよ。伊賀さんは「ストリートスマート」な人です。つまり「賢い」。言い方はいろいろできるんだけど、とにかく「そう、そこ、そこが痒いの」というポイントがわかる人なんです。それから、立体的に物事を考えるのが得意。

伊賀:立体的?

安宅:そう。あっちもこっちも見て、それをつないで「だからこうなるよね」みたいなことをスパーンと言う。これは新卒か中途かは関係なく、あまり多くの人が持っているスキルではない。ある種の「メタシンキング能力」で、僕もわりと強いほうだと思っているけど、伊賀さんはものすごく強い。

伊賀:マッキンゼーに入ってから気がついた自分の思考のクセでもあるんですけど、やたらと高い位置から全体を見て「みんな気づいてないけど、実はココとアソコがつながってるよね」とか「ここで大事なのはコレとアレ。それだけ!」みたいな話にはすぐに目が行く。世の中の動きを俯瞰するのが大好きなんです。

安宅:そうそう。プロジェクトでわけがわからなくなっているときに相談に行くと、すごくいい相手でしたね。僕ね、「生産性」がテーマのプロジェクトをやったことがあるんですよ。マッキンゼーに入って3年目ぐらいだったと思うんですけど、そこでどこから考えたらいいのかよくわからなくて、伊賀さんにふらっと相談したことがあるんです。「ねえねえ、生産性って何?言葉が雑かつ怪しすぎるんだけど…。」って(笑)。

伊賀:そうだっけ? 全然覚えてない(笑)。

安宅:その時、「(生産性って)インプット分のアウトプット。どれだけのインプットでどれだけのアウトプットが生み出せるかよ」って。この『生産性』の本と同じことを言っていた(笑)。

「そうだよね、アウトプットをどれだけ効率的に生み出せるかだよね、インプットじゃないよね」って僕が答えて。そのひと言で3ヵ月のプロジェクトを乗り切りました。僕の妄想力はかなり普通ではないので、そのヒントで樹形図のように広がって、一番コアな問題解決は一瞬で終わった(笑)。

伊賀:その話は覚えていないけど、生産性はインプット分のアウトプットという式で表せるのに、どうしてみんな一生懸命インプットばかり増やすのか。やたらと勉強好きな人が多いということについてずっと疑問に思ってました。インプットだけしてアウトプットしない人が何人いても、世の中はイチミリも変えられないのに。

安宅:だから即答だったのか。僕の『イシューから始めよ』(英治出版)も、伊賀さんに聞いた話から始まっているんです。

伊賀:あれはまさに問題解決の生産性を究極に上げるための方法を書いた本ですよね。

安宅:そういう本です。当時から伊賀さんは、生産性について1秒で答える人だったということ。あとは、うまく言えないけど、経営の議論を八百屋さんの会話みたいにできる人。

伊賀:私は難しい言葉を使わないので。というか、「使えない」のほうが正しいかな。

安宅:どうしてそんなに下世話な話になるのかというほど、Down to earth(地に足がついている)なんですよ。

伊賀:私ね、キレイごとではない人間ってものに興味があるんです。人間って理屈では動かないでしょ。建前とは違うところに動機があることも多い。なのにマッキンゼーってロジックの会社だし、アメリカ的な建前の会社でもあるから、ちょっと反発してたのかもしれない。

安宅:「もうちょっと品のいい言葉を使え、伊賀」。そんなフィードバックを最初のプロジェクトでもらったって言っていたじゃなかったですか。

伊賀:うわー、思い出しました。コンサルタントとしての最初の人事評価のときに、「パフォーマンスは悪くないけれど、プロフェッショナルファームのメンバーとしてもう少し品よくした方がいい」って(笑)。

安宅:もう一つ加えると、強靭な生命力だよね。僕もゴキブリを食べてでも生き延びるタイプだけど、伊賀さんのサバイバルスキルは並ではない。

伊賀:安宅さんに生命力が強いとか言われたくないです(笑)。私の強靱さは、どんな問題も受け止めて耐えきるというような強さではなく、致命傷になりそうなビームを事前に嗅ぎ分けて、直前でするっと避けるようなスキルです。だからなかなか負傷しない。

安宅:伊賀さんがマッキンゼーに入って最初にアサインされたのは、悪名高い、悪夢に近いプロジェクトだった。錚々たるタレントを突っ込んだプロジェクトだったけど、二百三高地かと思えるほど、関わった人に不幸が起きたんです。でも、あちこちに白骨が散らばるなか、伊賀さんだけは旗を持って走り回っている。なぜ死なないのかよくわからない。

伊賀:いやいや。私はみんなが行進に疲れきってバタバタ倒れてるのを横目で見ながら、1人で小さなテントを張って、その中でラーメンをつくって食べてるみたいな感じ。それで戦いが終わるのを待ってる(笑)。

安宅:みんな死んだと思ったら、「なぜか伊賀泰代だけは生きている」。そういう感じ。あとはとにかく楽しく生きている。

伊賀:無益に戦っても仕方ないですから。それに、どんなときにも楽しく生きるのは大事なことですよ。

安宅:大事。視野が狭いのはだめ。むしろ見えている世界が拡散気味ぐらいがちょうどいい。表現の仕方が難しいけど、際限なく広がっているというより、完全に詰まりきっていない程度に視点を集中させた状態になっていると、楽しくやれますよね。

伊賀:それってイノベーションや生産性に関しても言えそう。イシューが決まったからといって、それしか見ていない人は視野が狭くなってしまう。そうなると大事なものを見逃してしまう。

 さらに突き抜けた地点に辿り着くには、一度、意図的に拡散させるほうがいい。マッキンゼーのなかでもすごい人は「ようやくここまで詰まってきたのに、また広げるわけ?」みたいなことをやる。

 あれもハードスキルというより、メタな問題解決スキルですよね? 粛々とやってると当たり前の正しい答には辿り着くけど、反対に言えば、そういうレベルのものしか出てこない。だからもう完成に近いところまで来てるのに、敢えて広げる。そして縮める。ようやくゴールかなと思ったらまた広げて縮める。そのプロセスを怖がらずに何度、回せるか。それが成果の質を決める感じでした。

安宅:そうそう、あれが楽しいんですよね。