昨年生産性が発行され、働き方改革の議論で注目されるようになった生産性について、著者の伊賀泰代氏が、マッキンゼーで同期入社だった現ヤフーCSOの安宅和人氏と対談。
マッキンゼーで生産性の概念を身につけた二人が、その問題の核心を語り合う。3回目は問題解決の本質から生産性の議論へ(構成・新田匡央、写真・鈴木愛子)。
※バックナンバーはこちら

大事なのは、仮説と問題解決のギャップを埋める
「虚構構築能力」である

安宅和人(以下、安宅):第1回で、仮説を検証するときに重要なのが「へそを見極める」ことだという話をしました。これが問題解決におけるキモの1つだけど、もう1つの要として、伊賀さんが『生産性』で言っている「ビジネスイノベーション」を挙げたい。

 問題解決には大きく2つのタイプがあって、1つは「病気を健常にする」タイプの問題解決。最近、咳がひどいので病院に行ったんですけど、レントゲンを撮ったら右側の肺がちょっと汚いと言われた。医師から「タバコ吸う?」と聞かれたので「吸ったことないです」と答えると、次に心電図を取られ、医師は「じゃあ気管支炎だね」という診断を下した。このやり取りは、まさにイシューツリーなんです。肺が汚いという現象に対して、タバコを吸うか否かを問い、心臓由来のリスクも排除すれば気管支炎となる。

伊賀泰代(いが・やすよ)
キャリア形成コンサルタント。兵庫県出身。一橋大学法学部を卒業後、日興證券引受本部(当時)を経て、カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスにてMBAを取得。1993年から2010年末までマッキンゼー・アンド・カンパニー、ジャパンにてコンサルタント、および、人材育成、採用マネージャーを務める。2011年に独立し、人材育成、組織運営に関わるコンサルティング業務に従事。著書に『採用基準』(2012年)『生産性』(2016年)(ともにダイヤモンド社) がある。
ウェブサイトhttp://igayasuyo.com/

伊賀泰代(以下、伊賀):病気の診断プロセスは、まさにツリー構造ですよね。「はい」「いいえ」で次々と分類し、一番ありそうな仮説から潰していく。あれ、待ち時間の間にiPadで聞いてしまえばいいのにと思います。

安宅:そうそう。気管支炎と診断できれば対処方法がクリアになる。気管支拡張剤を処方されて、問題解決。以上、終わりなんです。

伊賀:だとすると、すごくキカイに置き換えられやすいプロセスだと思える。

安宅:そう。最も自動化しやすい。医療診断は、今後かなり自動化するはずだと思う。

伊賀:CTやMRIなどの画像も含め検査結果だって今やデータはすべてデジタルだから、その判断だってある程度まではすぐに自動化できますよね。

安宅:その通り!データを集めて、正常と異常の間にあるギャップを、深刻な項目から順にチェックしていけば問題は解決できる。このタイプの問題解決は、すでにゴールが決まっているタイプなんです。もう一つの問題解決は、そもそもあるべき姿から解明し、そこへの道のり、いわゆるソリューションを明らかにするものです。このタイプの問題解決は、そもそもあるべき姿がよくわからない、ギャップが見えたとしてもどうやったらギャップを埋められるのかわからない。

安宅和人(あたか・かずと)
ヤフー株式会社チーフストラテジーオフィサー。データサイエンティスト協会理事。応用統計学会理事。東京大学大学院生物化学専攻にて修士課程修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。4年半の勤務後、イェール大学脳神経化学プログラムに入学。2001年春、学位取得(Ph.D.)取得。ポスドクを経て2001年末、マッキンゼー復帰に伴い帰国。マーケティング研究グループのアジア太平洋地域における中心メンバーとして、幅広い分野におけるブランド立て直し、商品・事業開発に関わる。2008年9月ヤフーへ移り、COO室長、事業戦略統括本部長を経て2012年7月より現職。事業戦略課題の解決、大型提携案件の推進に加え、市場インサイト部門、ヤフービッグデータレポート、ビッグデータ戦略などを担当。著書に『イシューからはじめよ』(英治出版)がある。

 たとえばマツコ・デラックスさんみたいなチャーミングな司会者になりたいと思ったとする。でも、このときのあるべき姿は「彼女」のような身体になることでもなく、ウィットに富んだ毒舌を吐くことでもない。つまり、単純にギャップを埋めようとするタイプの課題解決ではない。「そもそも自分はどのような姿であるべきか」からクリアにしなければいけない。

 咳が出る時は咳を生み出す原因を特定させれば終わりだけど、マツコさんのような人気の司会者になりたい場合は、そもそも自分としてあるべき姿がよくわからず、それが見えたとしても、ギャップとソリューションの間に何か途轍もない飛躍があって、それを発見しないと解決にならない。これがもう1つの問題解決のタイプ。このタイプこそが真の問題解決だと思うんです。現実の世界では、ゴールが決まっているタイプの問題解決が90%で、飛躍があるタイプの問題解決が10%ぐらいなのかもしれないけど、こっちのタイプはあるべき姿を同定することも非常にタフだし、あるべき姿から答えを見出すにはかなり飛躍しなければできない。

伊賀:ゴールが決まっているタイプの問題解決が90%を占めていたのは、今まではそのタイプの問題解決にさえ高度な専門知識が必要とされたり、すごく時間がかかっていたからだと思うんです。

 たとえ定型的なプロセスであっても、ビッグデータや高度な計算技術がなければ、人間が自らの時間やアタマを使って考えざるを得ない。でもこれからはその比率も変わってきますよね。

安宅:そう思います。医療みたいな体系化された領域は、ものすごく生産性が高くなるわけで、そうすると誤診もおおかた消えるというすごい時代が来る。

伊賀:電子書籍やeコマースの台頭で、私たちは「紙の本」とか「リアル書店」という新しい単語を使うようになりました。

 同じように「人間のお医者さん」という言葉が日常的に使われる日も遠くはないでしょう。「紙の本の価値は何なのか?」が議論されるように「人間のお医者さんの価値は何なのか?」が問われる。

安宅:そうそう。そして、「人間のお医者さん」については、みんながデータを使い倒すお医者さんにしか行かなくなります。でも現状の医療教育は、そういう人材を育てていないのが問題ではあるんです。これは僕の出ている経産省の審議会みたいなところでも課題として認識され、議論しています。

伊賀:あと、健康や治療に関するデータを共有するのはプライバシーに関わるからダメと言う人もいますよね。データを共有することで生産性が画期的に高まるという流れや意義の分からない人。新技術への抵抗勢力というか。

安宅:たしかに。でも大丈夫。圧倒的に生産性が高いものが出てきたら、人々はそっちに移動するはず。昔ながらの生産性の低いものは勝手に「オワコン(=終わったコンテンツ)」になるので、あまり気にしなくていいと思います。それよりも、データを使い倒せる人材を育てるのが先。だって、医療の世界ではそういう領域が99%なんです。新たな課題解決につながる臓器移植やiPS細胞の研究をしている医師は残りの1%の中でもごく一部で、おそらく0.1%ぐらいしかいない。

伊賀:今は99%領域の生産性が低いから多数の医師のマンパワーを必要としてしまう。ある意味、とってももったいない状態が長く続いてきた。結果として、医学教育や医療制度も99%領域をいかに迅速に処理するか、という問題に最適化して設計されてしまってるし。

安宅:まったくその通り。大半の目の前の仕事の処理が重すぎて、せっかくの医療従事者の才能が新しい課題解決になかなかむかっていけない。

伊賀:ガン闘病について患者さん本人が書いてるブログがものすごくたくさんの人に読まれてて、同じような境遇の人に勇気や癒やしを与えていると聞くと、今の医療が提供できていない価値で、患者側から熱烈に求められているものってまだまだたくさんあるんだろうと思うんです。

 そもそも医療の目的は何かとゼロベースで考えたとき、今はその目的がかなり狭く定義されてしまってる。でも今は優先順位が低いとして放置されているそういう領域に、専門知識のある医師が時間を使えるようになることの意義も大きいんじゃないでしょうか。