そもそも、高齢者に限らず世の中の全世代が若返っている印象がある。以前の社会的な年齢のイメージと現在がどれだけかけ離れているかは、「サザエさん」の登場人物の年齢を調べれば一目瞭然だ。磯野波平は54歳であの貫禄だが、同い年の藤井フミヤさんは、まだ若々しい。65歳を准高齢者とする提言にも、頷くことができる。

マタニティーマークに批判の声も

「席を譲ろう」という親切心が、相手に対し「私はまだ、老人じゃない」という不快感を与えてしまうのは、なんともやりきれない。また、相手がそう感じるのではないかと忖度し、声をかけるのを萎縮することによって、本当に席を譲らなければいけない人が不利益を被ることがあるのだとしたら、それは由々しき事態である。

 さらに、当然お年寄りだけではなく、妊婦さんにも席を譲るべきだとは思うが、見た目だけでは判断つかない場合がある。「万が一、違ったら失礼になる」と考える人も多い。妊娠を周囲に知らせる「マタニティーマーク」もあるものの、それを付けていることによって、逆に妊婦さんが不快な思いをする事態も発生しているという。

 なかにはマタニティーマークを見て、「幸せ自慢か?」「妊婦は偉いのか?」「不妊治療をしている人の気持ちも考えろ」と思う人もいるそうだ(産経ニュース2016年1月1日付)。個人的には妊婦は偉いと思うのだが、どうだろうか。少なくとも批判の対象になるのは、どう考えてもおかしい。しかし、世の中にはいろいろな考えの人がいるものだ。ますます公共の場での振る舞い方が、難しい時代になっている。

 数十年後、仮に自分が電車の中で席を譲られるようになったら、「ああ、自分もついにそういう年齢になったんだな」と自覚して、譲ってくれた若者に素直に感謝したいと思う。しかし、三十代中盤の今、お年寄りに率先して席を譲るかどうかと問われたら、答えに窮してしまう。相手を怒らせてしまって、妙なトラブルに巻き込まれるのは御免だからだ。おそらく見ないふりを決め込むか、もしくは電車が駅に到着したタイミングを見計らって黙って席を立ち、別の車両に移るかだろうと思う。

 どちらにしても、相手とのコミュニケーションを避ける戦略だ。なるべく後者を選択したいと思っているが、そんな選択しかできない自分の度量が情けなくもある。

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(フリーライター 宮崎智之)