バブルの崩壊 

坪井賢一(つぼい・けんいち)ダイヤモンド社取締役、論説委員。
1954年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒業。78年にダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集部に配属後、初めて経済学の専門書を読み始める。編集長などを経て現職。桐蔭横浜大学非常勤講師、早稲田大学政治経済学部招聘講師。主な著書に『複雑系の選択』(共著、1997年)、『めちゃくちゃわかるよ!金融』(2009年)、『改訂4版めちゃくちゃわかるよ!経済学』(2012年)、『これならわかるよ!経済思想史』(2015年)、『シュンペーターは何度でもよみがえる』(電子書籍、2016年)(以上ダイヤモンド社刊)など。

 1990年に日銀が短期金利を上げ始め、大蔵省が金融機関の不動産融資に規制をかけてバブルつぶしに回ると、バブルは崩壊の道をたどることになる。1990年から株価は下落し、1991年から不動産価格も下がった。しかし、まだ「そのうち回復するだろう」という見方が多かった。

 1992年8月18日に日経平均株価が1万4000円台へ暴落すると、金融機関の不良債権が急増することになった。不良債権とは、回収が困難となった貸付金などである。金融機関が企業へ融資する際にとる担保不動産の価格も暴落したわけだから、貸したお金を回収できなくなる。つまり焦げ付く。暴落した株と不動産、これらが不良債権を増やしたのだ。

 さらに、資産価格の暴落によって金融機関が保有する株や不動産などの資産価値も下がり、バランスシート(貸借対照表のこと。資産と負債、資本のバランスを見る財務諸表のひとつ)が悪化して資本が減少していった。

 すると、銀行の経営は行き詰まることになる。銀行の経営が行き詰まると、金融がうまく回らなくなる。銀行の貸出しは減少し、銀行は融資先へ債権の回収(貸しはがし)に走った。企業の倒産が増加し、個人消費は減少。景気は後退した。こうしてバブルは崩壊していったのである。

 バブル以外にも、ドル・ショックやオイル・ショック、プラザ合意など、社会人ならば知っておくべき経済ニュースはいくつもある。拙著『会社に入る前に知っておきたい これだけ経済学』では、「知らないとヤバい! 現代経済史60年の10大経済ニュース」も解説している。詳しく知りたい人は、ぜひ参考にしてほしい。