「幸せ食堂」繁盛記
【第四四回】 2017年2月23日 野地秩嘉

日本酒とライスが自慢の洋食店、激戦区浅草にあえて開店

仲良し夫婦ふたりの店

 木村洋食店は西浅草にある。合羽橋道具街と国際通りに挟まれた一画。この地域の江戸時代からのランドマークは、東本願寺だが、同店は、その裏に位置する。浅草・三社祭では、三ノ宮の神輿が通る。浅草は浅草寺だけではないと実感させる場所だ。駅でいえば田原町。2016年の暮にオープンしたばかりで、仲のいい夫婦ふたりの店である。

 オーナーシェフは木村賢一。

「20歳を超えてから、ずっと洋食店で働いてきました。金を貯めて、そして、妻の貯金と合わせて小さな店を開きました」

 彼が修行したのは西麻布の麻布食堂、代々木八幡のせきぐち亭など、数軒になる。

 なぜ、洋食だったのか?

「料理人になろうと思って、ハタと考えました。イタリアンやフレンチは手間がかかるし、言葉を覚えるのも大変だと思ったのです。しかし、始めてみたら、洋食はやらなきゃいけない下ごしらえが膨大です。これほど手間がかかって面倒な料理は珍しいと思う。特にデミグラスソース。さまざまな材料を使ってもソースを煮詰めていくんですが、長年やっていても、よし、上出来だと思えない日がある。まあ、ほとんどは満足が行くのですが……」

 木村洋食店にはメニューには書いていないけれど、ハヤシライスがある。ハヤシライスはデミグラスソースの出来がよくて、しかも、量がたくさんある日しか出せない。

「食べられるとすれば木曜日」

 彼がそう言うのは、火曜日に仕込んで、休みの水曜日に一日、寝かせるからだ。

 ビーフシチュー(2400円)、タンシチュー(2700円)は常備してある。彼は謙遜するけれど、木村洋食店のデミグラスソースは洋食屋の本道を往く味がする。甘みを抑えてあって、脂っこくはない。 

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野地秩嘉 

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

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