[ビーレフェルト/ベルリン 22日 ロイター] - ドイツ国内での行政経験といえば市長だけ、対する相手は欧州最強の指導者だ。それでもマルティン・シュルツ氏は、11年にわたるメルケル政権に終止符を打ち、欧州におけるドイツの役割を根本的に変えようと考えている。

彼がそれに成功しないとは言い切れない。

9月24日に行なわれる独連邦議会選挙に向けて、ドイツ社会民主党(SPD)がメルケル首相に対抗する首相候補としてシュルツ氏を指名して以来、SPDの運命は一変した。

メルケル首相が率いる保守派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)との支持率の差は縮まり、ある世論調査では逆転にまで至っている。

シュルツ氏とは何者か──。メルケル首相より1つ年下のシュルツ氏は61歳で、欧州議会の前議長だ。メルケル首相が物理学の博士号を持っているのに対し、シュルツ氏は卒業試験も受けずに大学を辞めて地方政界で働き始め、その後は欧州政界へと進んだ。メルケル氏とは比べものにならない雄弁さと親しみやすさが彼の強みだ。

また、それ以上に、彼は「変化」を打ち出している。緊縮財政を強要して南欧諸国からの恨みを買うという従来のドイツの役割を捨て、国内では財政規律にそれほどこだわらず財政支出を増やそうとしている。

行政府での経験がないシュルツ氏がメルケル首相に勝利することは大変な難業である。彼女は欧州の安定の礎石であり、オバマ前米大統領も、退任を控えて昨年11月にベルリンを訪問し、メルケル氏への支持を表明したほどだ。

だが、シュルツ氏は意気軒昂だ。

「わが国に公正さを」。ドイツ北西部ビーレフェルトで20日に行なわれたSPDの集会で、シュルツ氏はそう叫び、数百名の支持者から喝采を浴びた。彼は党の支持基盤の掘り起こしのため、多くの街を訪れている。

65分に及ぶ演説のなかで、シュルツ氏は雇用不安と高齢者の貧困に的を絞り、年金制度の維持と非正規雇用契約の縮小、加えて前回、SPDが政権を率いていた当時に導入した労働改革「アジェンダ2010」の一部見直しを約束した。

「わが国に数十億ユーロもの財政黒字があるなら、これを高所得者向けの減税に使うべきではなく、投資に回すべきだ」とシュルツ氏は述べ、教育、インフラ、デジタル技術への投資拡大を要求した。

投資拡大を優先する点で、シュルツ氏はメルケル政権のジョイブレ財務相とは好対照である。同財務相は財政均衡をあくまで追求し、財政黒字は当面の債務返済と選挙後の減税に使いたいとしている。

SPDとしても、いわゆる「債務ブレーキ」の解除には踏み込まないだろう。この原則の下、政府は毎年、国内総生産(GDP)の0.35%相当までしか新規国債を発行できないことになっている。

「それは議論にもなっていない。誰もそのような話はしていない」とシュルツ氏の盟友でSPD副党首を務めるラルフ・ステグナー氏はロイターに語った。

だが、シュルツ氏が率いる政権が誕生すれば、ユーロ圏諸国に経済改革を求める際にも、ギリシャによるユーロ離脱の憶測を生むほど強硬だったショイブレ財務相のやり方に比べて、もっと寛容なアプローチが取られるだろう。

<対ギリシャ方針で違いを強調>

メルケル首相の下でドイツは、諸国の先頭に立って、ギリシャに対し支援の条件として財政緊縮を求めた。

メルケル政権はギリシャ政府に対し、国債償還を除くプライマリーバランスでGDP比3.5%の黒字を達成し、それを維持することを求めた。ドイツ政府は、ギリシャ政府がこの目標を達成できれば債務免除はまったく必要なくなるだろうと主張した。

これに対してSPDは、ギリシャが受け入れるべき財政緊縮を緩和する姿勢を見せている。

「ギリシャは大規模な改革を行なわなければならず、一般の国民に重い負担がかかっている」とステグナー氏は述べ、ギリシャ政府がすでに黒字を達成したと指摘する。「だがそれでもショイブレ氏には十分ではないという。この問題に対するSPDの姿勢はまったく異なる」

「SPD主導の政権が誕生すれば、この点に関して路線変更があるだろう」とステグナー氏は言う。「私たちは欧州に成長と雇用をもたらすことを望んでいる」

現在ドイツ議会の外交委員会に籍を置くSPD所属のアヒム・ポスト議員は、1994年からシュルツ氏を知り、欧州議会でともに働いた仲だが、やはり同じ点を強調する。

「成長と雇用のためにもっと力を注がなければならない」とポスト議員は言う。「ギリシャやポルトガルを、もっと苦しい状況に追いやり、賃金と年金が下がってしまえば、どうして経済成長を生み出せるだろうか」

ビーレフェルトの集会でもシュルツ氏の側に立ったポスト氏は、この旧友が選挙に勝つ決意を固めていると話す。

「候補になって満足しているわけではない。彼は首相になりたいと考えている」とポスト氏はロイターに語った。

<庶民派>

シュルツ氏は格差の克服に重点を置きつつ、SPDの政策面での特徴をさらに尖鋭化させようとしている。

メルケル首相率いる保守政権が11年続くなかで、7年間を少数連立与党として過ごしてしまったことで、その個性が曖昧になってしまったからだ。この妥協によって有権者は2大政党から離れ、難民受け入れに反対する新興右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の台頭を招いてしまった。

ドイツの国内政界では新顔となるシュルツ氏には、メルケル首相が主導する「大連立」への参加という妥協の前科がない。この10年間でSPDは1000万もの票を失ったが、社会正義を追求するシュルツ氏の姿は有権者の共感を呼びつつある。

「彼は本物だ。一般庶民と同じ言葉で話している」と56歳のエンジニア、ヨハネス・ケンペルさんは語る。彼はビーレフェルトまで120キロを旅して、シュルツ氏の演説を聴きにきた。「彼は、普通の市民が抱いている不安に対して語りかけている」

2005年11月にメルケル首相が就任して以来、ドイツは着実な成長を遂げ、失業率は過去最低の水準まで下がっている。だが、多くの人は低賃金に甘んじており、経済のグローバル化によって貧富の格差が拡大するなか、取り残されたと感じている。

「ハンブルクの小さなパン屋が税金を払っているのに、隣にできた米国のコーヒーショップチェーンが税金を払っていないとしたら、あるいは大企業が何年も利益を増やしているのに、国内の実質賃金が停滞ないし低下していたら、これは公正とは言えない」。シュルツ氏は2月初め、ハンブルクに近いアーレンズブルクで開催されたタウンミーティングで、このように語った。

<欧州議会時代の汚点>

保守派は、シュルツ氏の欧州議会での実績を批判する姿勢を明らかにしている。

欧州議会議長の座にあった2014年末、ユンケル欧州委員長が18年にわたって首相を務めていた当時のルクセンブルクにおける税優遇措置について、欧州議会がどこまで厳しく調査を行うべきかという論争が発生し、シュルツ氏もこれに巻き込まれた。問題の税優遇措置には、アマゾンとフィアットに有利な措置が含まれていた。

200人近い欧州議会議員がこの問題の調査のため調査委員会の設置を求めていたが、シュルツ氏は、より権限の小さい特別委員会で処理する方向に議会を導いた。

これに対し、ユンケル氏が苦境に陥らないようシュルツ氏が手助けしたと解釈する批判があった。欧州委員会は、ユンケル氏は欧州議会に協力的であり、何も隠していないと述べている。シュルツ氏の広報担当者は、彼は調査委員会を妨害しておらず、そのような権限もなかったはずだと述べた。

メルケル首相が率いる保守派は、シュルツ氏の欧州議会時代の記録を掘り起こす資料をまとめている。ロイターがこの資料を閲覧したところ、他にも類似した批判が見られた。

シュルツ氏が、政治的に中立であるべき欧州議会議長としての立場と、2014年の欧州議会選挙における社会民主党の主力候補としての立場を適切に分離していなかったという批判もある。シュルツ氏の広報担当者はこれに対し、欧州議会選挙における行為は「欧州議会により徹底的に検証されているが、何の異議も出なかった」と述べている。

政策面では、シュルツ氏がユーロ圏諸国の債務をいわゆる「ユーロ債」にまとめるべきだと提唱していることや、トルコのEU加入への支持姿勢を保守派は批判している。どちらもドイツでは不人気の政策だ。

「一時の熱が収まれば、彼が実際にどのような立場を代表しているかを人々は理解しようとするだろう。そうすれば正体が分かる」。メルケル首相に近い保守派の古参政治家は、保守派によるシュルツ氏批判の計画を説明しつつ、匿名を条件にそう語った。

とはいえ、シュルツ氏と彼のチームは動じることなく政権獲得の構想を練っている。SPDは数回にわたり、緑の党や左派党とのあいだで、左派連立政権の結成について予備的な協議を重ねている。

これら3党は、選挙期間中に相互の批判を控えることを協議している。規模に劣る2党は、シュルツ氏人気の波及効果を得たい考えだ。

「シュルツ氏によって、SPDは現実味のある首相候補を得られた」と語るのは、独議会で左派党議員団を率いるディートマル・バルチュ氏だ。「政権交代は可能だ」

(翻訳:エァクレーレン)