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連載経済小説 運命回廊
【第1回】 2011年4月21日
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村上卓郎

異郷の宴

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(1987年12月、上海)

 今日は12月24日、上海華盛大学の留学生食堂は、普段の質素で無愛想な雰囲気を一新して賑やかな喧騒の場と化していた。留学生の半数近くを占める欧米からやって来た学生たちが、強引に学校と掛け合ってクリスマスパーティーを催していた。

 悪友ジェイスンに誘われて顔を出した隆嗣は、手作りの飾りつけやクリスマスツリーに心がときめいたし、ロシア人客員教授の幼い娘が会場を駆け回って振りまく人形のような愛らしさには、別世界に迷い込んだような幻想も抱かせてもらった。グレー一色といえる共産国家での留学生活を送っていた隆嗣には、久しぶりに見る自由主義陣営の光景だ。

 細かく神経が行き届いているアメリカ人留学生のジェイスンは、サンタクロースを真似て背負った白い袋からm&mチョコレートの小袋を取り出し、ロシア少女の両手に握らせて、感謝のキスを頬に受けていた。

 「いつのまにそんなもの用意していたんだよ、ジェイ」

 天使のキスを奪われたことに嫉妬した隆嗣が、ジェイスンを責める。

 「きのう友諠商店に行って買い占めてきたんだ。今日は折角の国際交流の場だよ、出来る限り餌をばら撒くつもりさ」

 「きみが餌を撒くのは、国際交流のためじゃなくて男女交流のためだろ」

 「ハハハ。何はともあれ今日はクリスマスイヴ、ラブアンドピースさ。ロンも楽しめよ」

 隆嗣は『隆』という漢字の中国語読みである『ロン』と呼ばれている。宿舎の同居人であるジェイスンとは、英語と中国語の双方を交えた会話が十分成立するようになっていた。

 始まって小一時間も経つと、招待客の立場であったロシア人の家族も引き揚げ、学生ばかりの無礼講パーティーへと発展していった。いつもは味気ない家庭料理風中華菜の皿が並べられる厨房側のカウンターに、今日限り鎮座している大きなラジオカセットからロックのリズムが吐き出されてくると、学生たちの話し声は歓声に変わり、音楽がダンスミュージックになると、食堂はディスコへと変貌した。

 でこぼこの木製テーブルや色褪せたプラスチック椅子が壁際へ追いやられ、金髪を振り乱しながら腰を揺らすフランス人女性や、黄色人種に劣等感を与えるかのように小刻みなステップを踏むアメリカからの黒人留学生たちが主役となった。

 自分には荷が重いと感じた隆嗣は、温いビールが入ったプラスチック製のコップを片手に持ったまま彷徨い、戸口に近い壁際にようやく居場所を見出した。

 

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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