隆嗣は目を閉じて一つ深呼吸をした、胸の奥からこみ上げてくる生暖かい何かの塊をそこに留めておこうとするかのように。そして目を開くと、立芳が真っ直ぐに見詰めてくれていた。その瞳に魅入ってしまう自分を戒めるように、くだけた表情を繕う。

「でもね、こちらへ来て最初に出来た友人が、実はアメリカ人だったんだ。同じ語学クラスの同級生で、本当に気のいい奴さ。今じゃ宿舎でも一緒の部屋で暮らしてる。なんか笑ってしまうよね」

「そう、よかったわね。友達は友達、国籍なんて関係ないと思います」

「そうだよね。あなたとも、日本人と中国人という垣根を外して付き合いたいな」

 隆嗣は調子に乗って告白をした。すると、彼女は力強く答えてくれた。

「もちろんです。私たち、絶対にいい友達になれます。これからも宜しくお願いします」

 友達か、まあそうだよな。昨日出会ったばかりなんだから気長にいくか、そう心の中で呟きながら、隆嗣は満面の笑みを立芳へ返した。

「そうそう。昨日、君が話していた物を持って来たよ」

 そう言って、ダウンジャケットのポケットからウォークマンを取り出した。

「本当? うれしいわ。英語の勉強には、流行りの歌を聴くのが一番だって言われてたの。でも、そんなテープはなかなか手に入らないから困っていたのよ」

「僕が持っている洋楽のテープは少ないし、最近の流行とは言えないけれど……ローリングストーンズっていうんだ」

「あ、その名前は聞いたことがあるわ」

 イヤホンを立芳の両耳にかけてあげた。スイッチを入れると気だるいリズムがイヤホンから漏れてきて、隆嗣にもわずかに聴こえる。この場面で『サティスファクション』じゃ、ムードは台無しだったかな、そんな隆嗣の不安をよそに、立芳は目を閉じて曲に集中していた。演奏の切れ間に一旦イヤホンを外した立芳が、好奇の目を向けてきた。

「刺激的な内容の歌詞ね。興味深いわ」

「ごめん、若い女性向きじゃなかったね……。ちょっと待って」

 隆嗣は慌てて別のカセットテープをポケットから出し、ウォークマンに差し替えた。

「こっちはジェイ……そのアメリカ人の友達から貰ったテープなんだ。最近流行っているらしくて、いい曲なんだ。聴いてみて」

「誰の歌なの?」

 問う立芳に、隆嗣が答えた。

「リチャード・マークスっていう歌手なんだ」
 

(つづく)