橘玲の世界投資見聞録 2017年3月2日

アルゼンチンで左派ポピュリズムが定期的に台頭する理由
[橘玲の世界投資見聞録]

 ここ何回か、米大統領選とからめてアメリカの話を書いてきたが、昨年秋に中南米カリブを旅した話が途中で終わっていて、せっかく遠くまで行ったので、2回に分けてアルゼンチンとブラジルの印象を記しておきたい。

 アルゼンチンはスペイン語圏であることから、アルゼンチン人=スペイン系と思われがちだが、現代史を辿ると、ヨーロッパ系アルゼンチン人の多くはイタリアからの移民の子孫だ。アルゼンチンの人口は約4000万人だが、他の民族との混血も含めれば、そのうちイタリア系は約3000万人で74%を占める。19世紀末から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパのなかでもとりわけ貧しいイタリア南部から、大量の移民が港湾労働者として活況に沸くブエノスアイレスに押し寄せたことで、アルゼンチンはイタリア本国(人口約6000万人)に次ぐ「(スペイン語を話す)イタリア人の国」になったのだ。

参考記事]
●同じ南米の大国なのに、アルゼンチンがブラジルとは全く印象が異なる理由
 

夜のブエノスアイレス。ライトアップされたオベリスコ(古代エジプトの太陽の塔)      (Photo:©Alt Invest Com) 

 

アルゼンチンは「民主主義」のせいで地方にバラマキを約束する左派ポピュリズムが台頭する

 アルゼンチンは、首都への極端な一極集中という特異な構造の国でもある。観光ガイドブックを見ても、ブエノスアイレス以外に紹介されているのはブラジル国境のイグアスの滝と、アウトドア派に人気の南部の景勝地パタゴニアくらいで、「都市」はまったくない。アルゼンチンは、大西洋貿易の拠点として発展した港町ブエノスアイレス(人口約300万人)と、牧畜や農業で生計を立てる広大なパンパ(草原地帯)のふたつの「国」が合併して成立したのだ。

 こうした状況は、東南アジアならタイに似ている。バンコク首都圏の人口1500万人に対し、第二の都市であるイサーン(東北地方)のナコンラチャシマは560万人、日本人にも人気の北部のチェンマイは約390万人と人口に大きな差があるが、都市間の「格差」はそれ以上で、アジア有数の近代都市となったバンコクに比べ、それ以外は地方都市というより田舎町にちかい。

 その結果、タイの政治が民主化すると、バンコクと地方の利害対立が際立ってきた。これを利用したのがチェンマイ出身のタクシンで、ポピュリズム的なばらまき政策で地方の貧しい有権者の支持を獲得しバンコクの既成政党を圧倒した。これが王室を中心とする権力層への重大な挑戦と見なされたことで、たび重なるデモや暴動を経てタイは軍政に戻ることになった。

 アルゼンチンの政治もこれと同じで、ペロンと妻のエビータに象徴される左派ポピュリストが民主選挙で権力を獲得すると、既得権を脅かされたブエノスアイレスの富裕層が軍部と結託してクーデターを起こすという歴史を繰り返してきた。

 今世紀に入ってからもアルゼンチンは、2001年に放漫財政と対外債務の急増で大規模な金融危機を起こし、2014年にもアメリカの投資ファンドに元本返済ができず実質的なデフォルトに陥るなど経済的な混乱を繰り返しているが、その原因は「民主主義」にあり、地方の貧しい大衆の票を集めるために政治家は“ばらまき”を約束せざるを得ないのだ。

 ブエノスアイレスの繁華街であるフロリダ通りには「カンビオ、カンビオ」と連呼する客引きがたくさんいるが、「Cambio」は両替のことだ。クリスティーナ・キルチネル前大統領時代の放漫財政と悪性インフレによって、政権末期(2015年)には対米ドルの公定レートと闇レートの差が50%も開いた。その結果、闇両替が巨大ビジネスになったのだ。

 いまどき先進国はもちろん、新興国でも旅行者相手に闇両替を行なうところはあまりない(アジアではミャンマーくらいだろうか)。アルゼンチンは「中進国」とされているが、ブエノスアイレスの街に闇両替商が溢れていることにこの国が抱える困難が象徴されている。

 それでも希望がないわけではなく、2015年の政権交代はクーデターではなく民主的な選挙で実現し、中道右派のマウリシオ・マクリが選ばれた。マクリは就任早々、パナマ文書に名前が載っていることを暴かれ辞任要求デモの洗礼を受けたが、投資ファンドとの和解によって国際金融市場への復帰を果たし、財政改革を進めたことで公定レートと闇レートの差もほとんどなくなった。

 土産物店で話を訊いたら、以前は米ドルの支払いは闇レートで計算していたが、いまではドルとペソを公定レートで換算しているという。「カンビオ」と連呼するひとたちも、そのうち姿を消すことになるだろう。

 だが、話はこれで終わりではない。経済改革が成功して財政に余裕ができると、地方の貧困層への再分配を約束する左派ポピュリズムの政治家が登場し、ふたたびばらまき政策を始めるだろう。こうして財政赤字と対外債務の膨張、悪性インフレに襲われることになるが、これは「グローバリストの陰謀」ではなく、この国の政治にビルトインされた循環構造なのだ。

5月広場。正面に見えるのが大統領官邸                (Photo:©Alt Invest Com) 


 


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橘 玲(Tachibana Akira) 作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。「海外投資を楽しむ会」創設メンバーのひとり。著書に『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『(日本人)』(幻冬舎)、『臆病者のための株入門』『亜玖夢博士の経済入門』(文藝春秋)、『黄金の扉を開ける賢者の海外投資術』(ダイヤモンド社)など。
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