コネチカット州に住むケイリー・フィーセルさんは昨年七月、ZARAの店舗で仕事用の黒いワンピースを購入した。そのワンピースに袖を通して出勤したのは、それからひと月後の八月に入ってからのことだ。

 仕事中、フィーセルさんはオフィス内に異臭が漂っているのに気づいたという。

 最初、彼女は悪臭とも言える臭いの発生源はオフィスのどこかだろうと思っていたが、異臭は行く先々でフィーセルさんにまとわりついた。脚にむず痒いような違和感を感じたのもその日のことだった。

 ワンピースの裾に小さな膨らみがあり、よく見るとおろしたてなのに糸がほつれていた。そして、縫い目のほつれから、小動物のそれのような小さな脚が突き出ていた。

 それは死んだネズミの脚だった。

 ネズミはどうやら縫製工場で縫い込まれたらしく、ワンピースから逃れられないまま餓死したものと思われる。足下から漂っていた異臭は、ネズミの腐敗臭だった。

 フィーセルさんの驚きは想像を絶するものだったに違いないが、ネズミの死骸が縫い込まれた裾が当たっていた脚に発疹が認められたため、診察を受けたところ、発疹は齧歯類動物が媒介する感染症が引き起こしたものと診断された。もしネズミに噛まれていたら鼠咬症(発熱や頭痛の症状・致死率十%)を発症していたかもしれない。

 ネズミが媒介するもっと怖い感染症と言えば、一四世紀に全世界の人口を四億五〇〇〇万人から三億五〇〇〇万人に減少させたペスト(黒死病=病原菌はネズミに寄生するノミ)があるが、日本では一九二六年に最後の感染が報告されて以来、発症例がないので現実的と言えないが、現実的でいちばん怖い感染症がハンタウィルス肺症候群だ。

 罹患すると致死率四〇%(発熱、筋肉痛、下痢、嘔吐の症状が出て肺水腫を伴う呼吸困難を引き起こす)にも及ぶというこの病気にはワクチンなどの予防薬がなく、また治療法も定められていないため対症療法を施すしか手がないのだそうだ。幸いにも日本での症例報告はないが、アメリカでは毎年のように死者が出ている怖い病気だ。