立芳から5人で行くと聞かされていた隆嗣とジェイスンは、同じ留学生の日本人二人とオーストラリア人を誘って、こちらも5人の陣容を揃えた。

 大学から満員のバスに乗り、途中トロリーバスに乗り継いで南京路へと赴く。ここは上海のメインストリート、いつも人が溢れている。幾つかの国営デパートや様々な商品を売る個人商店などが軒を連ねているが、日本から来た人間としては、人々の喧騒とは裏腹に色彩のなさに物足りなさを感じてしまう。

 建物は灰色かレンガ色で、各店の看板も漢字で名を記しただけの赤か黄色といった工夫が無いものばかりだ。その他の色を探し求めても、街路樹の葉の緑くらいしか見当たらない。

 待ち合わせに指定した国営第一百貨店前に現れたのは、立芳の他に女学生が3人、それに、なぜか男子学生が一人ついて来ていた。

 3人の女性は若者らしくピンクや黄色のシャツを着ているが、下は裾が広めのズボンスタイルだ。しかし、立芳だけは白地に赤い花柄をあしらったワンピースというスカート姿だった。日本では時代遅れと笑われるかもしれないが、当時の中国では最先端といえるファッションだ。

 その立ち姿は彼女の素晴らしいスタイルも手伝って、午後の南京路のなかでは際立って華やいで見えた。それは隆嗣の贔屓目だけではないようで、隣に立つジェイスンが肘で小突いてきて妬みを表現している。

「こんにちわ、今日はみんな楽しみにしています」

 立芳はそう言って一人ずつ紹介してくれた。彼女たちは学生宿舎の同室で、立芳と一緒に生活している仲間だった。

 そして男性は、自分を陳祝平(チェン・ジュピン)と名乗った。立芳と同じ英文科で学んでいる3年生で、厚い眼鏡を掛けてひょろりとした容貌は、狭き門である上海の有名大学に入るためにいかにもガリ勉を重ねてきましたと宣言しているようだ。

「男の私がまぎれていてがっかりされたかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします」

 流暢な英語で自分をわきまえた発言をされては、さすがのジェイスンも悪態がつけない。留学生一同も自己紹介を済ませ、さて、先ずはどこへ行こうかという話になったが、

「すみませんが、万年筆のインクを買いたいので、この第一百貨店に寄らせてください」

 祝平が自分の都合を切り出したので、ジェイスンの顔色に抑え切れない不満が現れた。彼が余計な口を開く前に隆嗣が答えてやる。

「いいよ、時間はたっぷりあるさ」

 仕方なく10名の団体が祝平の買い物に付き合うためデパートに入り、文具売り場へとぞろぞろ行進して行った。

 ジェイスンは先ほどの不満顔を忘れたかのように、3名のレディーの中で一番背が高く痩身すぎるほどの女性の脇に立って懸命に中国語でアピールを開始している。オーストラリアからの留学生ハンスもちゃっかり童顔の可愛らしいお嬢さんをエスコートしているが、二人の日本人留学生はおずおずと尻込みして互いを牽制するばかりで、残った一人の女学生にアプローチできずにいた。

 この二人は、高校を出ると日本の大学へは進学せずに、まっすぐ中国へ来たという変り種で、まだ二十歳前だから仕方あるまい。