下された大胆な意思決定
「グルーポンは売上を度外視して、震災対応を優先する」

 14時46分、震災が東日本を襲う。徐勝徹はギイギイと音を立てて揺れるビルの中から外を眺めていた。我先にと建物から飛び出したはずの歩行者たちがこちらを見上げていることを不思議に思ったという。それは徐のいるビルが大きく揺れていたせいだったのだが、彼にとってその光景は身を守ることを忘れてしまうほど異様なものだったという。

 社員の安否の確認が一段落つき、社内で緊急対応の議論がなされているときだった。プロダクトの開発を担う徐が、その時、「マッチングギフト」という仕組みを提案した。その瞬間から、「帰れない人たち」の会話は、「我々に何ができるのか」という内容に変わった。

 18時になるほんの少し前――震災発生後たった数時間のうちに――に、グルーポンは通常営業を停止するという意志決定をし、震災の支援へ舵を切った。「我々としてできることは何か?」ということを突き詰めた結果、マッチングギフトという仕組みが残った。「寄付にある程度関心を持ちながらも踏み切れなかった人の背中を押して、復興につなげたい」。そんな意図からこの取り組みは始まった。

 自粛の嵐の中で下されたこの決断は、衝撃的だった。震災後、広告業界は過酷な生存競争を迫られている。顧客企業の営業自粛に苦しみ、数か月弱の広告収入が絶望的な状況に追い込まれた。資金が潤沢な企業でない限りは、数ヶ月の収入が断たれれば、潰れてしまう。これを踏まえれば、グルーポン代表の瀬戸恵介が「売上を度外視して、震災対応を優先する」という意志決定を行ったことの意味が伝わるだろうか。それは、ソーシャルクーポンを生業とするグルーポン社にとっても事業の存続に関わる決定だったのだ。