すると祝平は、口元に不敵な笑みを湛えて応じた。

「外国人なのに、言い難いことをはっきり言いますね。私は共産主義を擁護します。しかし、共産党員ではない……。伊藤さんは、スタンダールの『赤と黒』をご存知ですか?」

「ジュリアン・ソレルですね。出世するには、軍人か聖職者になるしかないという」

 隆嗣は、昔読んだ物語を懸命に思い起こした。祝平の話の展開について行くのは骨が折れる。

「今の中国は、まさに『赤と黒』ですよ。ただし聖職者ではなく、共産党員か人民解放軍かという二者択一ですがね。看板だけのイデオロギーで民衆を支配するのは本末転倒だ。弾圧ではない、民意での協調をなすべきだと思う」

「民意、ですか?」

 また話が飛躍している。こんな話に付き合う自分が、意外と嫌悪感を抱いていないことに隆嗣は戸惑った。厚い眼鏡の奥にある祝平の真摯な瞳がそうさせているのかもしれない。

「そうです、国民がみずからの意思で共産主義を選ぶのならば、貧しさも耐えられる。もし資本主義を選択するのならば、それに邁進すればいい。本質的な問題は経済体制のことではなく、民意が反映されていないということなんです」

「つまりあなたは、孫文の三民主義に帰れ、と言いたいんですか?」

 すると、祝平は腕組みをして考え込む態となった。

「そうですね、あなたの言う通りだ。中国の歴史の中で、本当に人民を尊重した指導者は孫中山先生しかいないのかもしれない……。知っていますか? 3月25日に、チェコで共産党に反対する市民が民主化を要求するデモを行ったらしいですよ」

 日本と違って海外のニュースを耳にする機会がほとんどない生活を強いられている隆嗣は、知らなかった。いや、もし日本にいてこのニュースを聞いていたとしても、遥か東欧の出来事を心に留めておくことはなかっただろう。

「もうやめてちょうだい。今日はそんな話をするために南京路まで来たんじゃないわよ」

 立芳が強い口調で討論の中止を要請した。

「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだが、伊藤さんが話に付き合ってくれるものだから、調子に乗ってしまったよ」

 祝平が、青白い学生に戻って頭を掻いている。

「でも、羨ましい気もします」

 思いがけない隆嗣の言葉を受けて、立芳と祝平は隆嗣の口元に注目した。

「だって、祝平さんも立芳も、真剣に自分の国のことを考えている」

 そこへ、ジェイスンが近寄ってきて大声を上げた。

「おい、何してんだ。お前たちだけ立ち止まって、はぐれてしまうぞ。まあ、隆嗣が立芳ちゃんとふたりしてはぐれたい気持ちは判るが、男のコブつきじゃ面白くないだろう」

 彼は、祝平のことをのこのこついてきた監視役と思っているようで、厭味を交える。