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連載経済小説 運命回廊
【第10回】 2011年5月12日
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村上卓郎

摩天楼

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(2006年2月、上海)

 幸一は、岩本とともに上海浦東国際空港に降り立った。

 さすがに空港内では寒さもそれほど厳しくない、二人はコートを手に持ってターミナルの長い通路を歩いた。行列を経て入国審査を通り抜け、荷物を受け取って税関のグリーンレーンから到着ロビーへ出ると、そこには出迎えの人垣が厚く築かれていた。

 さすが13億の民がいる国だ、そんなことを思いながら人垣の狭間を進んでいくと、『三栄木材、岩本先生・山中先生』と書かれた紙片が目に入った。それを手に持って到着客の列に目を配っていたのは、人の良さそうな丸顔をしたジャンパー姿の中年男性だった。幸一が中国語で話し掛ける。

 「私が三栄木材の山中ですが、あなたは?」

 「ファンインニィメン」

 言葉と柔和な笑顔で歓迎を表した男性は、1枚のメモ紙を差し出した。『ホテルで一休みしてください、午後7時にお迎えに参ります。伊藤』そう書いてある。

 「伊藤さんは……」

 「総経理は、どうしても出なければならない会議がありまして、私が出迎えに参りました」

 彼が語る中国語を通訳しメモを渡すと、岩本は頷いて了承した。男性に従ってターミナルの向かいにある駐車場へ行き、上海GM社製の大きなワゴン車に乗り込んだ。ワインレッドの車体が空港を後にする。

 「あなたは中国語がお上手ですねえ。でも、南方訛りがある。香港か広東にいらしたんですか?」

 男が運転席から声を掛けてくる。

 「いいえ、シンガポールで覚えました、中国は初めてなんです。しかし、上海は予想以上に開発されていますねえ。空港も大きかったが、この道路も広くて綺麗だ」

 「ハハハ、この浦東地区は、十数年前までは何にもない畑ばかりだったんですよ。政府が開発の号令をかけてこの空港を作り、金融センターの街を出現させました。これから向かうホテルは、その浦東地区の中心です。今の上海を、しっかり御覧になってください」

 訳の分からない中国語の会話に、隣に座る岩本が面白くなさそうな表情をしているのに気付いて、幸一が声を掛けた。

 「彼に、今の上海の発展ぶりを自慢されました」

 「うむ。私も毎年来ているが、来るたびに街の様相が変わり、高層ビルの数が増えている」

 そこで幸一は、岩本に聞いておきたいと思っていた質問をした。

 「それで、伊藤さんという方は、いったい何者なんですか? 我が社の顧問ということでしたが、この運転手さんは、総経理(社長)という呼び方をしていました」

 「正直言うと、現在の彼が何者なのか、私にもうまく説明できないな。上海で貿易会社を経営し、他にも日本人向けの不動産仲介業など幾つかの事業をしているらしい。こちらの役人社会にも喰い込んでいて、チャイナバブルに乗ってかなり儲けているようだ」

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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