幸一は胸が塞がれるような感覚を覚えた。やはりそんな世界なのか、この中国は。

「しかし、そんな裏金口座をいったいどこに、どのように開いていたんでしょうか?」

「さあ、さすがにそこまでは話してくれなかったそうだよ……。さっき話した通り、今では中国の民営化と市場の公開が進んだから、そんな濡れ手で粟のようなことはなくなったらしいが、今でも中国の木材業界では有名人で、あらゆるところに顔が利くんだ。だから、今回もアカ松のアイデアを相談したら、すぐに段取りをしてくれたというわけさ。
  まあ、すでに裏金稼業で彼も十分な財を築いていたし、それを元手に上海の株や不動産などに投資して相当膨らませたらしいから、今では木材商売なんて趣味でやっているようなものだろう。だからと言っては失礼だが、こちらも彼の好意に遠慮なく甘えて、利用させてもらっている。君も、このあたりの事情はわきまえていてほしい」

「わかりました」

 幸一は、頭の中でその謎のフィクサーの不気味でふてぶてしい顔を思い描いた。

 夕時の渋滞につかまってしまい、目的地の上海新亜湯臣洲際酒店(インターコンチネンタルホテル上海)を目の前にした東方路と世紀大道の交差点付近で車列が動かなくなり、クラクションばかりがやかましく飛び交っていた。

 上海大衆汽車公司製ワーゲンのタクシーが幾重にも連なり、その合間にはベンツやBMW、GMなどの高級車が大きな車体を邪魔そうに立ち往生している。タクシーやバスなどの他には高級車ばかりが走っていて、大衆車や軽自動車はあまり見受けられない。このことからも貧富の差が窺われる。

「このあたりが新しい浦東地区のオフィスビル街だよ。我々が泊まるホテルのすぐそばにある高層ビルに彼もオフィスを構えているが、その家賃は月額幾らだと思う?」

 動かぬ車内の暇潰しとばかりに、岩本が幸一に問い掛けてきた。

「さあ、見当がつきません」

「8万元、約120万円だよ。それでも、ビルを所有している会社の社長と知り合いだから、かなり安くしてもらっているそうだ」

 我々のような材木屋の駐在経費では考えられない金額だと、幸一が首を振る。

 ようやくホテルに着いて、エントランスに車が滑り込む。笑顔でボーイがドアを開け、客に替わって荷物を持ってくれた。すでに共産国家というイメージは拭い去られ、十分なサービスを期待させられた。