3月8日、福島第1原発事故の放射能汚染で住民が町を去ってから6年近くが経過した今、福島県浪江町ではようやく人の気配が復活する兆しが見えつつあるが、帰還の足取りは重い。写真は震災で損壊した家屋。同町で2月撮影(2017年 ロイター/Toru Hanai)

[浪江町(福島) 8日 ロイター] - 東日本大震災から6年──。ほとんど人けのない福島県浪江町では、壁がひび割れ、看板が落ちた店が建ち並ぶ暗い商店街を、トラックが時折猛スピードで通り過ぎて行く。

 近くでは作業員たちが損壊した家屋を修理している。震災の影響がほとんどうかがえない庁舎では約60人の職員が、元住民の帰還に向けてせわしなく準備している。そこからさほど遠くない場所で、イノシシ2匹が誰かの家の庭で食べ物を探して匂いを嗅ぎながら歩き回る。

 震災による巨大津波が引き起こした東京電力福島第1原発事故の放射能汚染で、住民が町を去ってから6年近くが経過した今、ようやく人の気配が復活する兆しが見えつつある。

 とはいえ第一陣としてこの町に帰還するのは、元住民2万1500人のうち、ほんの数百人にすぎないだろう。かつて種苗店を営み、町の復興計画に加わった佐藤秀三さん(71)はそう予想する。

「私は商売が種屋なので、まだ今は種をまく時期だと思っている」と佐藤さんは言う。「収穫は、まだまだ先かもしれないけれど、何とかかたちにしたい」

 昨年11月以降、登録した住民は浪江町に泊まることが許されていたが、浪江町の一部を含む福島県内の4町村が、避難指示を3月末(富岡町は4月1日)に解除する政府案を受け入れたため、住民は特別な手続きを経ることなく町で暮らすことができるようになる。

 福島第1原発からわずか4キロの浪江町は、2011年3月11日に震災が発生して以来、住民の帰還が許された地域としては同原発から最も近い位置にある。

 しかし以前のような町に戻ることは決してないだろう。帰還が許されたとはいえ、放射能汚染により町の大部分が立ち入り禁止となっており、そうした地域では二度と居住できない可能性がある。