進む巨大造成
進まない生活再建

 震災から7年目。巨大津波によって壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町志津川地区では、未曽有の巨大造成が進行していた。

 10トンダンプカー60万台分に相当する“盛り土の山々”はまるでピラミッド群だ。町の計画によると、この地の復興後のイメージは、海と一体化した「回遊性と親水性のある街並み」だというが、現状から想像するのは難しい。

「復興」とは、一度破壊されたものが、再び盛んに、また整った状態になることを指す。だとすると、眼前で進んでいるのは本当に復興なのか。住民の生活再建はどうなっているのだろう。

 盛り土工事が進む反面、同地には未だスーパーマーケットが1軒もないし、住民の重要な足だったJR気仙沼線の駅すら復旧してはいない。

「BRT(もとは線路だった専用道を走るバス)があればいいじゃん」と、現地事情を知らない人は思うだろう。そうでもないのだ。渋滞の影響はしっかり受けるし、トイレ付きではないから高齢者は不安で乗れない。マイカーを利用できない交通弱者にとっては、「やっぱりバスより鉄道」なのである。

 筆者は地元出身者ではなく、いわゆる「よそもん」ではあるが、母親の実家は南三陸でも特に激甚な被害を受けた戸倉地区にあった。建物は土地ごと消滅し、大好きな叔父叔母はじめ二ケタの親類知人を亡くした。南三陸の、かつての姿や人を知っている身としては、この巨大造成は、震災とは別の意味で故郷の破壊に見えてしまう。

 無論、破壊ではなく、「創造」であってほしい――。

 切ない想いを胸に、去る2月中旬、震災直後から復興ボランティアとして現地に足を運び、「南三陸ねぎ応援プロジェクト」を立ち上げた八幡清信さんたちと一緒に、南三陸を訪ねた。