震災前、1万7429人(2010年)だった人口は、1万3504人(2017年2月現在)にまで減った(南三陸町住民基本台帳より)。

 定住人口の減少に歯止めをかけ、町を活気づけるためにも、交流人口を増やしたい。単純に訪れてもらうだけでなく、「よそもん」と積極的に交わることが、住民を再生させる力になる。

震災ボランティア出身
悪戦苦闘する姿が胸を打つ

 期待の「よそもん」を紹介しよう。

グリーンファーマーズ宮城の渡部さん(左)と石井さん(右)

 南三陸町で長ねぎを栽培する「株式会社グリーンファーマーズ宮城」の渡部さん(代表取締役)と石井大介さん(東松島市出身)だ。渡部さんは震災直後にあたる6年前の3月19日に、この町にやってきた。

 ニュースで被災地の惨状を知り、東京から「1~2ヵ月ぐらいのつもり」で飛んできた渡部さんだったが、破壊し尽くされた光景を目の当たりにし、「2年、3年じゃ足りない。腰を据えて頑張ろう」と決意。仲間たちと復興支援団体を立ち上げて活動した後、6月から耕作放棄地等を開墾し、キュウリ、トマト、ナス、オクラ、大根、白菜などの栽培を開始した。物資の流通が滞るなか、「地元の皆に、新鮮な野菜を食べさせてあげたい」という想いからだった。

 試行錯誤の末、「南三陸ねぎ」の栽培一本で行くことにしたのが2014年。耕作放棄地や復旧農地の有効活用、地元雇用や地域発展をめざす組織として、石井さんと共に農業法人を設立した。

 それから2年余り。同社の耕地面積は3ha以上。東京ドームほどもあるねぎ畑を普段は2人で世話し、繁忙期には6~8人で作業する。

 ただ、経営が黒字化するにはまだ時間がかかりそうだ。

 農業を始めて日が浅い上に、復旧農地は塩害のあった土地や工事現場の土などが混ざった痩せた土、田んぼから転作した水はけの悪い畑などばかりで、残念ながら豊かな土壌とはいえない。しかも3haの畑は30ヵ所に点在しているため、作業の効率も低い。

「でも、自分たちのねぎは美味いです。新鮮だからかもしれませんが、こんな上手いねぎは食べたことがありません。南三陸の気候風土に後押ししてもらっている気がします」

 穏やかに微笑むが、去年のスーパー台風は痛手だった。

「4割がダメになり、出荷できなくなりました。捨てるのももったいないので業務用に回したり、自分たちで食べたりしましたが、つらいものですね」