私が「市民の力」を
初めて感じたとき

 私が「市民の力」を初めて感じたのは、1995年の阪神淡路の大震災の時である。

 ビルが倒壊し黒煙が上がり続けるテレビ映像に釘付けになっていた私に、一通のメールが届いたのだ。

 「今日の夜、みんなで集まりませんか」

 そのころ、参加していたウェブ上の会議室の仲間からだった。まだ現場では震災の救済が始まったばかりの、震災当日(1月17日)のことである。

 この仮想の会議室は匿名参加のため、誰が参加しているのか他の人には分からない。喫茶店に行くと、弁護士や学者、ジャーナリスト、大手建設会社の役員もいる。その顔ぶれには驚いたが、もっと驚いたのは、この時初めて顔を合わせたはずなのに、簡単な議論で、倒壊したマンションの権利調整のためのマンション区分法(建物の区分所有等に関する法律)の改正案を、みんなでまとめることになったことである。

 そして、3月には「被災マンション法(被災区分所有建物の再建等に関する特別措置法)」が施行される。この夜の取り組みが法案制定にどう繋がったのか、詳しくフォーローしていないが、ただ、多くの人が自発的に課題に一緒に取り組み、解決を目指した。

 新しい変化、を感じたのは 私だけではなかったはずだ。

課題解決に市民が組織を
越えて向かい合うための舞台を作る

 それから6年後の2001年。私はそれまで勤めていた出版社を辞め、言論NPOというNPO(非営利組織)を立ち上げた。非営利の世界で言論を行うという試みを決意したのも、もとはといえばその夜の強烈な体験がある。