若い世代の人たちが本を読まないだろうことは何となくわかっていたから驚かないつもりでいたのだが、先月、全国大学生活協同組合連合会(東京)が行なった調査で、“一日の読書時間ゼロ”と答えた大学生が五割に達したという結果には少なからず驚かされてしまった(調査対象:全国国公私立大学三〇校・回答:一万一五五人)。

 五割ということは、大学生の二人に一人である。彼らが一日に本を開く時間がゼロということは、一年間に一冊の本も読まないということなのか――?

 最近は電子書籍もコンテンツが充実してきたみたいだから、そちらで読んでいるのかしら……、とも思ったが、読書時間がゼロなのだから電子書籍も利用しないのだろう。

 この調査は二〇〇四年から始まっているが、読書すると答えた学生の平均読書時間も“二十四・四分(前年比四・四分減)”で調査開始からいちばん低い数値になった。逆に、スマートフォンの利用時間は平均“一六一・五分”と前年より五・六分も増えているのだとか。

 参考までに、二〇一四年の調査では、読書時間ゼロと答えた学生は文系三四%、理系四四%で初の四割越えとなり、昨年の調査では読書時間ゼロが四五・二%に増加、そして今年の調査でついに五割を超えた(読書平均時間は二〇一四年が二十九・九分、二〇一六年が二十八・八分と減少)。

 とどのつまり、昨今のハイティーンは、さながら“書を捨てよ、スマホをいじろう”ということになるみたいだ。

 大学生が本を読まなくなったのは、スマホのアプリがより多機能化されて充実し、本を読むより楽しくなったからか、それとも読みたいと思えるような本を出版社が提供しなくなったからかはわからないが、おそらくはそのどちらもが若者の“読書離れ”に加担してきたようにも思う。であれば、私のようなモノ書きにもその責任の一端はあるのだが。

 紙(製紙法)を発明したのは、中国(後漢)の宦官・蔡倫で、西暦一〇五年とされている。それから約一三〇〇年を経た一四四〇年前後にドイツのヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術を発明した。出版文化の始まりである。

 日本の和紙が無形文化遺産に登録(二〇一四年)されたとき、いつもの如くと言っていいのだろう、韓国は和紙の技術を日本に伝えたのは我々朝鮮民族だと言い始め、中国も紙を発明したのは中国だとクレームをつけたが、中国の宣紙(手漉き技術)もユネスコの無形文化遺産に登録されている。