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(2006年6月、上海)

 日が暮れて空は黒く様変わりしていたが、不夜城上海の路上は外灯やネオンサイン、それに周りのビルから漏れる光で明るかった。約束した江蘇路の地下鉄出口に立っていると、道の向こうから横断歩道を渡ってくる慶子の姿を認めた。

 今日はブルーのワンピース。昨夜鄭州で会ったときよりも若く見え、表情はまるで大学生のようだった。

 「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

 彼女が腕時計に目を落とす、すでに9時近い。彼女の腕時計は、高級とは言い難いプラスチック製バンドの1万円は越えないであろうスウォッチの廉価版で、大きな会社の社長令嬢らしからぬところに、幸一は改めて好意を抱いた。

 「いいえ、私も着いたばかりです」

 「今日も沙さんの工場でやりあってしまったの。おかげで飛行機を1便遅らせて、さっき上海へ帰り着いたばかりなのよ」

 「それじゃ、夕食もまだですか?」

 「いいえ、家で方便麺を食べてきたわ。あなたは?」

 「川崎さんが遅くなると伺いましたので、軽く済ませてきました。でもカップ麺ひとつじゃお腹が空くでしょう。よかったら、クラブのあとで夜宵(夜食)を食べに行きませんか?」

 幸一が勇気を振り絞って誘う。

 「いいわねえ、行きましょう。私が美味しいお店を紹介するわ」

 彼女の同意を得て胸が高鳴ったその時、見慣れたワインレッドのワゴン車が目の前に現れて停まった。後部ドアを開けて降りてきた隆嗣が、二人を見据えて静かに声を掛ける。

 「揃っているようだね。行こうか」

 店は近いからと、車を帰らせて早速歩き出した隆嗣に、慶子が追いすがる。

 「あ、はじめまして、川崎慶子と申します。今日はお忙しいところすみません」

 「岩本会長から話は聞いています」

 振り返った隆嗣は、その一言だけを残してまた歩き出した。昼間に岩本会長と一緒にいたときとは別人のように、最初に会ったときの冷徹な印象そのままの男に戻っていた。驚いた慶子が幸一へ目を向ける。幸一は慶子の耳元へ近づいて囁いた。

 「こういう人なんだ。気にしないで」

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