スバルの自動ブレーキ「アイサイト」を30年間支え続けた男樋渡 穣・SUBARU スバル第一技術本部 車両研究実験第四部 部長 Photo by Akira Yamamoto

「ぶつからないクルマ?」。そんなキャッチコピーを耳にしたことがあるだろう。いまや富士重工業の代名詞ともなったアイサイトは、他社にはないステレオカメラ(2台のカメラ)を使った運転支援システムとして有名だ。しかし、そのヒットの陰には、約30年にもわたる日の目を見ない地道な努力があった。

 話は1980年代にさかのぼる。東京・三鷹にある同社の研究所で、ある技術が産声を上げた。ステレオカメラでピストンの中のガスの燃焼を立体的に解析するといったものだ。この技術を、何かに応用できないだろうか──。さまざまな可能性が検討された結果、車の安全装置に適用する研究が進められることになる。これが、今のアイサイトの根幹を支えようとは、当時誰も知る由もなかった。

 そのころ、樋渡穣は若手の研究者として群馬の研究所にいた。レーザーレーダーを使った自動ブレーキの開発にたった一人で携わっていたのだ。出社しては、外に出て車を障害物にぶつけながらソフトを書き換える日々を送っていた。

 そんなある日、三鷹のステレオカメラの試作品ができたので、これを自分の車に付けるよう上司に言われた。レーダーに絶対の自信を持っていた樋渡。「だったら、勝負しましょうよ」と強気の言葉が口を突く。