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社債投資のケーススタディ 〜『入門 社債のすべて』応用編〜
【第1回】 2017年3月25日
著者・コラム紹介バックナンバー
土屋 剛俊

不正会計に揺れるオリンパスだったが
圧倒的なキャッシュフローに注目して安く買う

本連載では、『入門 社債のすべて』より、具体的なケーススタディを挙げながら、社債投資で注意すべき視点を紹介していきます。初回はオリンパスです。

 オリンパスは経営者の不祥事に振り回された銘柄でしたが、クレジットリスクを評価する面では比較的容易な銘柄であったように思います。

 オリンパスの経営上層部が行った粉飾決算は悪質で、金額も巨額でした。ただし、本業の内視鏡ビジネスが、圧倒的な世界シェアと潤沢なキャッシュフローを生みつづけていました。

 通常であれば、これだけ強い部門をもっている会社は有利子負債がごく少ないことが多いのですが、同社には6500億円に及ぶ借入金があり、社債も発行していました。社債は、一部が公募でなく私募債でした。有価証券報告書によれば、貸し手として記載されているのは、日本を代表するような大手の金融機関ばかりで、いかにも財務が健全な優良企業という印象でした。

 そんななか、2011年7月に発売された月刊情報誌『FACTA 8月号』が、同社の不正会計操作に関する記事を掲載します。社債市場はただちに反応し、価格は暴落に近い動きとなりました。価格としては一時、50円と額面の半分まで売り込まれたのです。下落のスピードは、法的倒産を想定しない限り、起こりえないようなものでした。

社債投資のリスクは、株投資とは大きく異なる

 では、なぜそれほどのプライスアクションになったのでしょうか。

 社内に安定的に現金を稼ぎ出せる部門がある限り、金融機関は債権回収を優先するため、急いで企業ごと法的処理をするインセンティブはありません。待って返してもらえるなら、待つのです。

 それでも市場が法的倒産を意識せざるを得なかったのは、オリンパスの資金使途が不正会計操作で、かつその過程において反社会的な組織が関与している可能性をほのめかす報道がなされたことが影響していました。もし不正会計操作に伴って、反社会的組織との資金関係が明らかになれば、金融機関としては融資を継続できなくなります。市場はそのリスクを恐れたのでした。

 もうひとつの理由は、株価下落の責任を株主から追及される可能性でした。一般的には、企業自体は株価の下落に関して、株式投資家にその損失を賠償する義務はありません。しかし、それには例外があります。

 金融商品取引法で、有価証券報告書に虚偽記載がされたことによる損害賠償責任が認められているからです。その後、虚偽記載等のある発行開示書類または継続開示書類の提出会社は、流通市場において当該会社が発行する有価証券を取得した善意の投資家に対して損害賠償責任を負うことが規定されました。

 ライブドア事件でも、その規定の適用が認められています。オリンパスにもこの規定が適用される可能性が高いと思われ、その場合の損害賠償額が巨額になりうると市場が推定したことも、倒産を前提としたプライシングがなされた理由だったと推測されます。

 オリンパスは粉飾決算の結果、上場廃止となる可能性が高いと予想され、その場合は株価に対する影響が甚大で、前述の賠償金額が積み上がることから状況が注目されました。しかし、最終的に上場廃止とならなかったため、債券価格は反発しました。株式関係の損害賠償リスクが一段落したことにより債券価格も正常化すると思われましたが、市場においては長期にわたりスプレッド(上乗せ金利)が拡大した状態は戻りませんでした。

 その後、増資が行われると公表され、増資に応じる候補として名だたる一流企業が名乗りを挙げました。最終的にソニーで決着し、実際に500億円の払い込みがなされるに至りましたが、それでもスプレッドは事件前のレベルに戻ることはなく、債券価格は償還の前日まで割安で放置されたまま、最終的に債券は額面で償還されました。

 急落したオリンパスの社債には世界のヘッジファンドがほぼ瞬間的に反応し、あっという間にさらっていき、大きく儲けました。彼らはどのような点に着目して倒産はないと見切っていたのでしょうか。そして、償還前に売却して損した投資家は何が悪かったのでしょうか。

 早期に損切りしてしまった投資家にミスがあったとしたら(多くは日本の金融機関)、経営トップが逮捕されるという刑事事件に発展しかねない(実際に逮捕された)会社の債券を、その償還の可能性を正確に検討せずに売却してしまったことかもしれません。金融機関として、トップが犯罪者になりそうな企業の資金調達に関与したくないという気持ちはわかりますが、だからといって大きな損失を伴ってまで、無理に債券を売却する必要があったかどうかは疑問です。

 トップが犯罪を犯す会社の債券を売却して、関係を断絶したいという考えは、決して否定しません。ただ、その代償としていくらまでの経済的損失を甘受するかは十分に検討する必要があります。わずかな損失で済むのであれば、金融機関としてのレピュテーションとのバランスで売却を正当化できると思います。しかし、満期まで保有してさえいれば防げた損失を、あえて発生させる判断をするには、経済合理性のある理由が必要ではないでしょうか。

儲けた海外勢はCFと政府の動きを注視

 オリンパスについては、事件が発覚した時点で冷静に分析していれば、市場が経営モラルと資金繰り(信用リスク)の問題を混同していたことがわかったはずです。

 やはり本業で安定的なキャッシュフローを生むビジネスラインをもっていることを、過小評価したことが敗因でした。倒産するかどうかは資金繰りが尽きるかどうかであり、世界レベルで独占的なマーケットシェアをもち、安定的に1000億円ものEBITDAを生み出すビジネスを有している以上、ファイナンスを提供する金融機関はいくらでもあったはずです。

 実際に、三井住友銀行は早期に役員まで送り込んでいます。金融機関にとっては、安定したキャッシュフローを有しているけれども、なんらかの理由から借金をしてくれて、長期にわたって金利を支払ってくれる会社が一番の顧客であり、オリンパスはまさにその条件に該当していました。

 その他の点で、ヘッジファンド筋が調査していたのは、日本の経済産業省が技術流出に対してどのようなスタンスをとるのか、という点でした。

 法的な倒産となると、更生手続きの間にスポンサーを探すことになります。圧倒的な世界シェアと潤沢かつ安定したキャッシュフローを生む会社が、借金を大幅に減額されて売りに出されれば、世界中のプライベート・エクイティ・ファンドが食指を動かし、買いが殺到することは明白でした。海外ファンドは日本勢が追いつけないほどの高価格で入札することも容易に想像され、そうすれば売らざるを得なくなって、世界的な競争力のある技術力が海外へ流出してしまうことになります。

 当時、当局がそのような展開を望んでいなかったことは、他の事例からも十分に想像できました。また、あれだけの不祥事を起こしておきながら上場廃止とならなかったことも、なんらかの当局の意向が影響し、政治的配慮がなされたのではないかと推測されました。

 実際に、海外ヘッジファンドはそういった背景や可能性について、あらゆるソースを使って独自調査していました。結果として、日本の技術力の海外流出阻止という観点からも、オリンパスを法的処理する可能性は極めて低い、という分析結果を得たファンドが多かった、というのが筆者の印象です。

 オリンパス債急落時に、そういった分析を冷静に行うことができた投資家が、大きな利益を得ることができたのでした。

※本連載の内容および意見は筆者個人によるもので、筆者の所属する企業・団体などの意見を代表するものではありません。

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土屋 剛俊(つちや・たけとし)
みずほ証券金融市場本部シニアエグゼクティブ
1985年一橋大学経済学部卒、石川島播磨重工業入社。87年野村證券に入社し、野村バンクインターナショナル(英国ロンドン)、業務審査部(現リスクマネジメント部)を経て、野村インターナショナル(香港)にてアジア・パシフィックの非日系リスク管理部門を統括。97年チェース・マンハッタン銀行東京支店審査部長。2000年よりチェース証券調査部長。01年より野村證券金融市場本部チーフクレジットアナリスト。05年より野村キャピタルインベストメント審査部長。07年よりバークレイズ証券ディレクター。13年11月より現職。明治大学非常勤講師(99〜01年)。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員。著書に『財投機関債投資ハンドブック』(金融財政事情研究会)、『新版 デリバティブ信用リスクの管理』(シグマベイスキャピタル)、『日本のソブリンリスク』(共著、東洋経済新報社)。


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