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連載経済小説 運命回廊
【第19回】 2011年5月25日
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村上卓郎

中秋の月

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(2006年10月、上海)

 幸一が目線を上げた。

 「明日は中秋節。今日の午後から明日まで、工場は休みになったんだ」

 「えっ」幸一が何を話したいのか判らず、慶子は戸惑った。

 「それで、休みに何をしようかと考えたんだけど……上海へ行こうと決めたんだ。出張なんて嘘。慶子さんに会いたくなったから、来たんだよ」

 今度は慶子が俯いた。

 「だから、どうでもいいなんて言わないでください。僕までが、どうでもいいと言われてるような気になってしまう」

 言ってしまってから幸一は後悔した。言葉が途切れてしまい、デザートとして出されたフルーツの皿にも手をつけないままで、素面の目に戻った慶子は勘定書をチェックした。すると、店のマネージャーが慶子のクレジットカードと共に30センチ四方ほどの箱を収めた黒い紙袋を持ってやって来た。

 「これは1500元以上のお食事をしていただいたお客様に差し上げております。サービスの『月餅』です。ぜひご賞味ください」

 日本へも伝わっている中秋節は、中国では大切な行事のひとつ。みんなで月を愛でるのだが、その折に親しい友人や取引先などへプレゼントされるのが『月餅』。昔ながらの中国のお菓子だが、最近では中へフルーツなどを入れたりして、洋菓子の風味を取り入れたものが多い。

 紙袋を手にした慶子が、懸命な笑いを表情に浮かべて幸一を誘った。

 「こんな大きな月餅をもらっても一人じゃ食べきれないわ。あなたも手伝ってよ。美味しい紅茶を淹れるから、家へ来ない?」

 幸一はすでに満腹だったが、彼女の家へ行くための条件ならば、その月餅を全部食べろと言われても構わないと思った。

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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