デジタル・マーケティングの第一人者、モハン・ソーニー教授へのインタビューの2回目。今回は、デジタル情報から、顧客の何を分析するか、そして得られた情報から、どのようなアクションを企業が取るべきかを聞く。ソーニー教授が主張する「顧客を包含的に見る」とはどういうことか。聞き手は、博報堂の安藤元博氏と山之口援氏。
※第1回はこちら


――前回ソーニー教授は、CMOを顧客インタラクションすべてに責任を負うべきとお話しされました。一方で「顧客像というのは、トランザクション視点によってのみ捉えるものではなく、包括的視点によって捉えるべきものである」とおっしゃっています。顧客を包括的視点で捉えるためにはどのような方法論があるのでしょうか。

モハン・ソーニー
(Mohan Sawhney)

ノースウェスタン大学 ケロッグ経営大学院 教授
イノベーション、戦略的マーケティング、ニューメディア領域において世界的に著名。ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院における当領域の責任者。世界経済フォーラムのフェローでもある。戦略コンサルタントとしては、アクセンチュア、アドビ、AT&T、ボーイング、デル、GE、ジョンソン&ジョンソン、マイクロソフト、マクドナルドなどに助言している。

モハン・ソーニー(以下略):それは非常にいい質問ですね。組織のデータ管理の仕方について、私が時々思い出すのは、「6人が触ったゾウ」の話です。一人ひとりがゾウの各部分を触って「ゾウとはこういうものだ」と言い合うのですが、そのうちの誰一人としてゾウ全体を見てはいません。これは、全体を見ないで局部だけを見てしまう過ちの比喩です。今日、顧客データは異なったシステムに入ったまま、まるでサイロに格納されているような状態です。多くの企業では顧客データの収集に力を入れていても、それが部署横断的になっており、一人の顧客とどのくらい取引をしているかを企業全体として把握するのは難しいのです。なぜなら、一人の顧客が会社のさまざまな部署とインタラクションをしているからです。ですから、CRMやERPなどのインフラを使うことで、一人の顧客の取引のすべてがやっと見られるようになり、一人の顧客について360度の全方位を見渡すことができるようになったわけです。

 しかしこれは、取引に関しての360度の全景に過ぎないのです。いま必要なのは、顧客との包括的なインタラクションに関する360度の全景です。ですから、一人の顧客について、その人の取引データとソーシャルデータを統合する必要が出てきました。また、顧客のロケーションデータなど、他のデータとの統合も必要になってきました。ですから、こうしたさまざまなデータを組み合わせた顧客の行動プロフィールというものを構築することが不可欠となってきました。こうして、顧客の全貌を明らかにするわけです。

 これは、一人ひとりの顧客レベルでセグメンテーションを行うこととは違います。それ以上のことをするのです。その顧客個人の置かれた状態(コンテキスト)に基づいて、セグメンテーションを行うということです。

 たとえば私がマクドナルドの店舗から5マイル離れていた時と、5メートル圏内にいる時とは別の顧客扱いをするということです。私自身は一人の顧客ですが、5メートル圏内にいる時には、クーポン券が発行される一方、店舗から5マイル離れた場所に移動したら、私は、別のセグメントになるわけです。このレベルで、その時々の顧客の状態に合わせたサービスを創出しなくてはならないわけです。

 ですから企業はすべてのデータソースを包括的なシステムに統合していかないといけません。ここで課題となるのは、新しいデータソースは組織立って整理されていない、ということでしょう。テキスト、ビデオ、ログファイル、位置情報、ウェブセッションなど、さまざまな形態のデータが舞い込んでくるでしょう。一方で、企業が従来から得意としているのは、取引データの管理です。我々に必要なのは、リアルタイムでこうした情報のすべてを組み合わせたユニバーサル顧客プロフィール、いわば、統一された一つの顧客IDですね。この顧客IDが、企業の行うこの顧客とのすべてのインタラクションとリンクされていなければなりません。

 ここで核となる原則は、私も長い間これを訴え続けてきたのですが、顧客を生きた人間と見るということですね。その人の全貌を見る、ということです。その人の動機、欲求、希望、関心、そして全体的なプロフィールが入ってくるわけです。顧客の一人ひとりに合わせたマーケティングのみならず、一人ひとりの顧客の「状態」に応じたマーケティングコミュニケーションを提供できるか否かに、マーケティングの未来はかかっていると思います。いわば、「状態」に合わせたセグメンテーションです。人口統計学的、心理統計学的なプロフィールという粗い把握の仕方ではなく、顧客の動きを秒刻みで把握するわけです。こうして、もっと細かく顧客の動きを把握する。これは、新しいチャンスです。