1日あれば明確な「結果」を導ける

 2年ほどたったころ、グーグル・ベンチャーズ(GV)のCEOビル・マリスに呼ばれた。GVは、もともとはグーグルが有望なスタートアップに投資するために立ち上げたベンチャーキャピタル部門だ〔訳注:スタートアップとは、新しいイノベーションやビジネスモデルをもとに急成長させ、短期間でイグジット(株式公開や売却など)することを目的としてつくられる組織のこと〕。

 ビルはシリコンバレーの有力者だが、それはあの無頓着な風貌からはわからない。この日もバーモント州がどうのこうのと書かれたTシャツに野球帽という、いつもの出で立ちだった。

 ビルはGVの投資先のスタートアップにスプリントを導入したらどうかと考えていた。たいていのスタートアップは、一つの有望な製品に一か八かの賭けをして資金が尽きてしまう。スプリントを行えば、スタートアップは製品の構築・公開というリスキーな賭けをする前に、正しい軌道に乗っているかどうかを判断できるだろう。スプリントは利益を高め、コストを節約するための有効な手段になる。

 しかしそれにはまず、スプリントのプロセスに手を加える必要があった。僕は個人とチームの生産性については長年考えてきたが、スタートアップがどんなもので、どんな事業上の問題を抱えているかをほとんど知らなかった。だがビルの熱意に惹かれ、GVがスプリントにとって、また僕にとっても最適な環境だと確信した。「世界最高の起業家を探し、世界をよりよい場所に変える手助けをするのがうちの使命だ」とビルに口説かれた。そんな誘いをどうして断れよう。

 僕はGVに加わり、ブレイデン・コウィッツとジョン・ゼラツキー、マイケル・マーゴリスの3人のデザインパートナーと仕事をすることになった。4人はスタートアップと一緒にスプリントを行い、いろいろなプロセスを試し、結果を検証し、改良を重ねた。

 この本で紹介するアイデアは、チーム全員で考案したものだ。ブレイデン・コウィッツは、スプリントのプロセスにストーリー中心型のデザインを加味した。個別の要素や技術ではなく、顧客体験全体に照準を合わせるという、斬新なアプローチだ。

 ジョン・ゼラツキーは「終わりから始める」手法によって、事業上の最も重要な問題に必ず答えを出せるようにした。ブレイデンとジョンは、僕に欠けていたスタートアップや事業運営の経験をもとに、重要なことに集中してより賢明な決定が下せるよう、スプリントのプロセスを改良した。

 マイケル・マーゴリスは、スプリントを実世界でのテストで締めくくるべきだと主張した。そして計画と実行に何週間もかかりがちな顧客調査を見直し、たった1日で明確な結果を導く方法を考案した。まさに目からウロコだった。おかげで、スプリントの最後に必ず答えが得られるようになり、このソリューションで正しいのだろうかと気を揉むことがなくなった。

 それにスタートアップを2社立ち上げ、片方をグーグルに売却してGVに加わった、起業家のダニエル・ブルカがいる。僕が初めてスプリントのプロセスを説明したとき、彼は疑わしげだった。「またわけのわからんビジネス用語をふりかざして、と思ったよ」と、あとでいわれた。それでも試してくれた。「あの初めてのスプリントで、ズバリ本質に迫り、たった1週間ですごいものをつくった。すっかりとりこになった」

 ダニエルが起業家として培った現場経験と、細部もゆるがせにしない緻密さは、プロセスに磨きをかけるのに大いに役立った。