工場立地を再編成しても、対応できない

 通常の財であれば、輸入によって国内生産の減少を補うことができる。しかし、日本の場合には、電力は輸入できない(*1)

 西日本や北海道の電力を東北・関東地方に融通できれば、状況は緩和されるような気がする。しかし、事態は、それほど簡単ではない。

 まず、西日本と東日本は、周波数が違うので、電力を融通できない。周波数変換所は現在フル稼働しているが、能力は100万kW程度と言われる。これは、福島第一原子力発電所の発電量の5分の1程度でしかない。今後増強がなされるだろうが、限度がある。また、北海道からの送電は海を越える必要があるので、容易ではない(それに、北海道電力の発電能力は、それほど大きくない。現在融通されているのは、60万kW程度である)。

 こうした事情を考えると、電力を融通するよりは、生産活動が東から西へ移転するほうが現実的である。そして、西で生産したものを東に回すのである。こうした移動は、行なわれるべきだと考える。それによって東日本の電力制約をどの程度緩和できるかについての試算を、第5章の1で行なっている。しかし、これだけで問題を解決することはできない。

 第1に、工場が移動すれば、それをサポートするサービスも移る必要があるが、こうした移動を短期間で実現できるかどうかは、確かでない。

 第2に、仮にそれが行なわれたとしても、量的に調整可能かどうかは、定かでない。なぜなら、東北・関東地方での電力需要は、日本全体の中できわめて大きな比重を占めているからだ。

 具体的には、つぎのとおりだ。2009年度における大口電力販売量を電力会社別に見ると、東北電力が253億kWh、東京電力が783億kWhだ。この合計(1037億kWh)は、全国(2609億kWh)の40%となる。

 そのうち、製造業が77%(799億kWh)と、きわめて大きな比重を占めている(図表1-3参照)。ところで、中部電力(467億kWh)と関西電力(429億kWh)の09年度大口販売量合計は895億kWhである。だから、仮に、東北・関東地方の製造業の大口需要の3分の1(266億kWh)が中部地方や関西に移動したとすれば、中部・関西の需要は3割も増加してしまうこととなり、深刻な電力不足が生じてしまうのだ。つまり、今夏の電力不足は、全国規模の制約なのだ。

2.きわめて深刻な電力制約

 電力需要がこのように大きい製造業を中心とした産業構造は、もはや日本では維持できなくなったと考えざるを得ない。製造業の比重を下げ、生産性の高いサービス産業にシフトするのが、最も合理的な解決法である。製造業は海外の生産拠点に移るわけである。仮に経済全体に占める製造業の比率が現在の半分近くに低下すれば、電力に対する需要総量は1割以上減少するだろう。このようなことにならない限り、日本の電力問題は解決されない。この問題は、第5章で検討することにする。

 それができなければ、原子力発電所の建設を今後も進め、原子力の比率を引き上げてゆく必要がある。この二者択一を回避できる方策はないように思われる。

(*1)日本以外の国では、電力の輸入や輸出が行なわれている。輸入国は、イギリス、イタリア、オランダ、スウェーデン、アメリカなど。輸出国は、スペイン、ドイツ、フランス、中国、カナダなどだ。

 

【新刊のご案内】
『大震災後の日本経済』野口悠紀雄著、1575円(税込)、ダイヤモンド社刊

2.きわめて深刻な電力制約

大震災によって、日本経済を束縛する条件は「需要不足」から「供給制約」へと180度変わった。この石油ショック以来の変化にどう対処すべきか。復興財源は増税でまかなうのが最も公平、円高を阻止すれば復興投資の妨げになる、電力抑制は統制でなく価格メカニズムの活用で…など、新しい日本をつくる処方箋を明快に示す。

ご購入はこちら⇒ [Amazon.co.jp] [紀伊國屋書店BookWeb] [楽天ブックス]

野口教授の人気コラムはこちら⇒【未曾有の大災害 日本はいかに対応すべきか】