ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
起業人

“凝り性”の性格が優良サイトを育てた
ハンコ通販一本で11億円を稼ぐすご腕
ハンコヤドットコム社長 藤田 優

週刊ダイヤモンド編集部
【第147回】 2011年5月20日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage
Photo by Hiroki Kondo/REAL

 「お前をハンコ屋に育てた覚えはない!」

 父の営む飲食店で働く傍ら、ハンコのインターネット通販を始めていた1995年頃、藤田優は父によく、そう怒鳴られた。

 そんな父との確執のすえに起業したハンコのインターネット通販会社、ハンコヤドットコムは、今では日本オンラインショッピング大賞「最優秀大規模サイト賞」を受賞するまでに成長した。

 父は脱サラして喫茶店やバーなどの飲食店数店を経営していたため、藤田は高校生の頃から日常的に父の店を手伝っていた。大学卒業後もそのまま就職し、28歳の頃には各店の実務を他の従業員やアルバイトに任せ、いわば“統括店長”のような役割を担っていた。当時は、父のアイディアであるショットバーでありながら日本食を振る舞う「バー軽々」という業態がヒットし、忙しい毎日を送っていた。

 ところが「バー軽々」は藤田を夢中にさせる存在ではなかった。ちょうど「ウィンドウズ95」が発売になりパソコンとインターネットがいっせいに浸透し始めていた頃だったからだ。

 生来の“凝り性”で、以前からワープロ専用機を駆使して飲食店のポップやメニューを作っていた藤田である。「インターネットがあればワープロよりももっといろいろなことができるはずだ」と思うのは当然だった。

 「米国ではすでにインターネットで物を売る時代に入っていた。日本でも絶対に米国のような時代が来ると思っていた」

店で酒を作りつつ
バーカウンターの下でインターネットと格闘

 父の会社の事務所で店のポップやメニューを作りながら、藤田はインターネットに没頭した。

 独学でプログラミングを習得し、まずは「バー軽々」のホームページを作った。一方で、インターネット通販も試してみたくなり、ハンコの卸売業を営む友人に頼み、「バー軽々」のホームページの隅にハンコの写真を掲載、メールでの注文を待った。

 ところが、ハンコはまったく売れなかった。注文は2~3ヵ月に1本だった。当時はインターネット黎明期、ネット通販はまだ一般的ではなかった。ただ藤田にまったく危機感はなかった。ハンコはオーダーメードであり、在庫を大量に持つものではない。なにより、飲食業という“本業”があり、焦る理由はなかったのだ。

 しかし、父にとってはおもしろくない。本業をそこそこにパソコンにかじりつく藤田を「給料泥棒」と罵ったこともあった。

 それでも藤田はインターネット通販の可能性を探り続けた。「事務所でパソコンを触ると父に見つかるので、バーカウンターの下にパソコンを置いてお酒を作りながら作業した」。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

週刊ダイヤモンド編集部


起業人

先達の苦難の道のりには、汗と涙に彩られた無数のドラマがある。そして、起業家達の苦闘の中には明日への成功のヒントとノウハウが凝縮されている。

「起業人」

⇒バックナンバー一覧