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経済指標のウソ
【第5回】 2017年4月6日
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ザカリー・カラベル, 北川知子

アメリカの対中貿易赤字は
はじめから存在しなかった?

トランプ大統領は4月4日、中国に対し、貿易赤字の削減に対応するよう強く求めた。対中貿易赤字はアメリカで大きな関心事になっている。しかし、輸出入の算出方法が誤っているために、そもそも「対中貿易赤字」が存在しないとしたら……? 新刊『経済指標のウソ』の著者、ザカリー・カラベルは、「私たちは経済指標をもとに世界を認識するが、その指標は経年劣化の兆候を示している」という。『経済指標のウソ』第8章から一部を特別に公開する。

iPhoneのただ1つの欠点

(この写真はイメージです)

 「革命的な製品はめったにありませんが、実現できたときにはすベてを変えます。キャリアの一時期に、そういった製品に関われるとしたら、それはきわめて幸運なことです。アップルが、革命的な製品をいくつか生み出せたのは、本当に幸運でした」。2007年1月、スティーブ・ジョブズは謙虚な言葉で、会場に詰めかけた熱心な聴衆にiPhoneを紹介した。

 このしゃれたデバイスの販売台数は、2008年に1000万台を超え、2009年には2000万台、2010年には4000万台に近づいた。わずか数年で誰もが手にするおしゃれなツールの代名詞になった。

 単なる電話機ではなく、次世代の技術革命の成果であり、アメリカのイノベーションの象徴であり、破壊的な金融危機によって、多くのアメリカ人が社会制度の存続能力に疑問を抱いていたさなかの成功だった。

 ただし1つだけ、小さな問題があった。iPhoneは中国製だったのだ

 2012年のアメリカ大統領選挙が終わろうとする頃、医療と医療費負担、財政赤字とその規模、移民と移民政策の改革(あるいはその欠如)などいくつもの大きな論点に関して、国民の意見は分断されているように見えた。

 ミット・ロムニーの支持層は、オバマの支持層とは別で、共和党と民主党はそれぞれが独立した有権者層に頼っていた。

 それでも国民の大半が同意する点が1つだけあった。中国だ。ほとんどのアメリカ人が、中国はアメリカにとって脅威であり、人民元が意図的に切り下げられた結果、アメリカ人の仕事が奪われ、製造業は危機に瀕していると考えていた。

 ロムニーは、選挙運動期間中、大統領に就任すれば、真っ先に中国を為替操作国と呼ぶと誓い、目の前の危機に対して断固たる態度を取っていないとオバマ政権を非難した。

 苛立ちの第一の理由は、中国政府が保有する多額の米国債(1兆ドル超)であり、2012年には3000億ドル近くに達し、2013年にはさらに増えると見込まれていた貿易赤字だった。

 イノベーションの象徴であり、アメリカで最も優れたイノベーター兼起業家であるスティーブ・ジョブズが生み出したiPhoneは、貿易赤字を増加させていたのだ。

 シンセンにあるフォックスコン・テクノロジー・グループ(アップル社の中国での主な請負業者)の工場で製造され、アメリカに輸出され、ロングビーチの港に大きなクレーンで荷卸しされるたび、中国からの輸入として計上される。

貿易赤字は債務として処理される

 対中貿易赤字は、中国が世界貿易機関(WTO)に加わった2001年以降増加し始めた。当初赤字は、低コスト製造国である中国経済の急激な成長の副産物とみなされていた。

 ところが、赤字はすぐにアメリカの経済低迷の象徴となり、危険な世界的不均衡の兆候とみなされるようになる。

 2008年から翌年にかけての金融危機が世界市場を混乱させると、アメリカと中国とのあいだの貿易赤字を構造的原因として指摘する声が多かった。

 安くて、最後は用済みになる製品と引き換えに、ますます多くのお金がアメリカから出て行ったため、増加し続ける貿易赤字がやがてはアメリカ経済の破綻を招くと警戒する声もあった。

 貿易赤字が債務とみなされているのはなぜかと言えば、統計でそう処理されているからだ。国内総生産(GDP)統計にとってはマイナスになる。申告された輸入品の金額は、輸入国のGDPから引き算される。

 とはいえ、この陰鬱な予測は、1つのシンプルだが未検証の前提があって初めて成り立つ。つまり「GDP統計の算出法は正確で、製品輸入国と輸出国とのあいだの相対的均衡を反映している」という前提だ。

GDPの算出法はそもそも正確なのか?

 経済学者は、GDPを〈GDP=消費+投資+政府支出+貿易〉という方程式でとらえる。

 貿易収支が黒字で、輸入よりも輸出が多いなら、GDPにはプラスになるし、逆ならマイナスだ。20世紀半ばにそう決められた。国民国家が基本的には閉じた経済単位だった時代には、この算出法に意味があっただろう。

 問題は、現在もそうなのかということだ。貿易赤字は強さと弱さ、均衡と不均衡の世界的象徴になっている。

 アメリカ国民は、対中貿易赤字を自国の衰退の証とみなす。ヨーロッパ諸国はもう少し楽天的だ。2010年以降、ユーロ圏の国々を苦しめた危機は、ギリシャやスペインなど南の国と、ドイツなどの国すなわち製造大国との貿易や経常赤字が一因となって生じた。

 だが、数字に欠陥があるとしたらどうだろう。貿易統計が間違っているという単純な理由で、世界経済やさまざまな国同士の均衡、システム全体の均衡の性質についての前提が間違っているとしたら?

 その場合には、紛れもない真実だと誰もが考えている世界についての結論を、根底から見直さなくてはならないだろう。

(次回、GDPが持つ具体的な課題に迫ります)

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ザカリー・カラベル(Zachary Karabell)

アメリカの経済・投資情報会社リバー・トゥワイス・リサーチ代表。作家、投資家、コメンテーター。コロンビア大学、オックスフォード大学を経て、1996年にハーバード大学でPh.D.を取得。現代史や経済関係など11の著書がある。CNBCやCNNなどにレギュラーコメンテーターとして出演、ウォールストリートジャーナル、ニューヨークタイムズ、ニューズウィークなどの寄稿者としても活躍している。


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