ビジネスで「解決不可能」な問題はない

 当時は、暗澹(あんたん)たる思いでした。
 工場が閉鎖された1ヶ月後に、結婚したばかりの妻がシンガポールに来ることになっていましたが、解雇されたことは言うに言えませんでした。そして、当日、飛行場に迎えにいくと、妻は綺麗な和服を着てタラップを降りて来ました。その姿に、彼女の異国で生きていく決意を見る思いがして、「申し訳ない」という気持ちでいっぱいになったものです。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。合弁会社のシンガポール側の社長が「申し訳なかった」と謝罪したうえで、知人の華僑の経営者を紹介してくれました。その会社に日本の染料メーカーの代理権を取らせて、私にマレーシアでの日本製染料の営業をさせるように交渉してくれたのです。日本の染料メーカーも「小西がやるなら」と了解してくれました。こうして、私は「想定外」のアクシデントをなんとか乗り越えることができたのです。

 これが、私の人生の船出でした。
 このように、人生には想定外のことが起きるのです。未来のことは誰にもわからない。どんなに慎重にリスクを量っても、想定外の事態に巻き込まれるのが人生。だからこそ、先ほども言ったように、最悪の事態が生じても生き残る術を確保したうえで、リスクをとらなければなりません。私の場合であれば、当時はまだ若かったし、薬剤師の免許をもっていた。だから、いつでも海外から撤退できるという余裕がありました。

 ただ、想定外のことが起きたからといって、すぐに撤退しているようでは何事も成し遂げることはできません。 
 私にも、「進退きわまったな」と言われたときや、工場閉鎖が決まったときに、撤退する選択肢はあった。しかし、私はそんなことは考えもしませんでした。それよりも、「目の前」の問題を解決するために全力を尽くしました。これは、意地のようなものかもしれません。そういう性格なのでしょう。

 しかし、私は、だからこそ自分なりの人生を切り拓くことができたと思っています。
 想定外のトラブルに巻き込まれても、その不運を嘆いたり、将来を案ずるよりも、とにかく「目の前」の問題解決に全力を尽くすことが、未来を切り拓くことにつながると思うのです。将来を心配し始めればきりがない。そして、いくら心配したところで、事態は一向に変化しないのです。であれば、「目前の問題」に集中すべきです。

 私は、ずいぶん長くビジネスの第一線で生きてきましたから、数えきれないほどの想定外のトラブルに見舞われてきました。そうした経験を踏まえて断言できるのは、ビジネスにおいて解決不可能な問題はない、ということです。ビジネスは生易しいものではありませんが、しょせん人間同士の営みです。そこに、解決不可能な問題はないと思うのです。その証拠に、いまここに私はピンピンして生きている。「目前の問題」に全力を尽くせば、必ず解決策は見つかるのです。