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連載経済小説 運命回廊
【第27回】 2011年6月6日
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村上卓郎

救世主

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【前回までのあらすじ】
就職活動のため日本へ帰国する隆嗣は立芳と再会を誓ったが、それっきり立芳の消息はつかめなかった。18年後、上海の木材フォーラムに参加した隆嗣は旧友の李傑に出会い、立芳が遭遇した事件を知らされる。
大連駐在の任を解かれることになった幸一は、隆嗣が李傑と進めるLVL工場の立ち上げに誘われた。

(1989年8月、上海)

 警官らしき制服姿の若い男が自分の肩に手を掛けて大声で怒鳴る様を、岩本は何が起こったのか理解できず、ただ呆然と見ていた。

 もう3日も続く結論が出ない交渉に疲れた岩本は、気分転換のために滞在している和平飯店北楼を出て、唯一の趣味といえる一眼レフカメラを手にして外灘公園を歩いていた。

 中山路沿いの欧風租界建築群は、すでにかなりの枚数フィルムに収めていたので、外灘公園にたむろする観光客に混じって、黄浦江の流れに焦点を絞りシャッターを押していた。さすがに天安門事件後間もない中国に、外国人観光客は少ない。停泊して帆を降ろしている最中のジャンク船をレンズ越しに捉えた時、いきなり後ろからこの警官に肩を叩かれたのだ。

 警官は、先ほどから岩本の掌中にあるカメラを指差して何らかの非難をしているが、言葉の解らぬ岩本は、脂汗を流すばかりで成す術が無い。

 やがて周囲には野次馬まで群がってきて、二人を取り囲んでしまった。ついには警官が岩本の手から強引にカメラを取り上げようとしたので、岩本は日本語で叫んだ。

 「なにをする」

 そこへ、野次馬を掻き分けて一人の青年が警官へ声を掛けた。

 「ターシリーベンレン、ティンブトンラ」

 すると、警官は岩本からその青年へと矛先を変え、早口でまくし立て始めたが、青年は真っ直ぐに警官の目を見据えて黙って聞いている。話し疲れて警官の口が止まったのを見計らい、青年が警官の面前へ手を差し出して言った。

 「チンデンイーシャ」

 突然現れた救世主は、振り返って岩本に顔を寄せ、流暢な日本語を話し出した。

 「彼は、あなたが軍事用船舶を撮影したので、カメラを差し出せと言っているのです」

 ジーンズにTシャツ姿の青年が、予想以上に若く、しかも日本人らしいことに驚いた。

 「あなたは日本人、ですよね。助かります……。しかし、わたしはそこに停泊したジャンク船を撮っただけ。軍艦なんて……」

 そう言って振り返る岩本の視線の先には、話の通り帆を畳んだ旧式船が波に揺れているだけだった。その先へ目を転じた青年の頬が歪むのを、岩本は見逃さなかった。

 「どうしました?」

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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