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連載経済小説 運命回廊
【第28回】 2011年6月7日
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村上卓郎

駆け引き

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(1989年8月、上海)

 翌日、岩本に付き添って現れた通訳の存在に、上海市木材進出口公司の方が困惑した。たらい回しにして先方の根負けを狙っていた思惑を見透かすように、その通訳は、責任者が不在と聞かされるとさっさと席を立ち、岩本社長を促して帰ろうとして、撹乱を任務として現れた男たちを逆に慌てさせた。

 工場へ赴くと、岩本の技術的アドバイスを的確に通訳して問題点を指摘したが、一方で、男たちの反論や自慢話を聞いても馬耳東風で、一切岩本へ通訳しようとはしない。なぜ通訳しないのかと詰め寄ると、

 「あなた方は責任も決定権も持っていないと言われた。それでは通訳する意味はない」

 その若造は、いとも簡単にそう言い放った。仕方なく中国側のあやふやな通訳係が岩本へ話し掛けようとしたが、岩本も、自分の通訳は彼だと言い張って相手にしなかった。

 その夜、先方の誘いを断った二人は、和平飯店内のレストランで食事をしながら話し合った。今までの交渉が御破算になってしまうのではないかと、内心ではびくびくしながらも、自分のやり方に任せてくれませんか、と言った青年に従った岩本が問う。

 「あれでよかったのかねえ……」

 「その結果は明日出ますよ。もし悪い方向に転がれば、私をクビにして、通訳が勝手なことを言っていたようだと、知らぬ顔で最初から交渉をやり直せばいいだけです」

 この青年は、なぜこんなに冷静なんだろう、それとも、単に投げやりなだけなのだろうか。彼の目は私に向いていても決して私を見てはいない。そんな心もとなさを感じつつも、経営者としての勘が、彼に任せてみろと囁いている。

 「しかし、岩本社長も勇気がありますね」

 青年からの問い掛けを受けて、岩本は身を乗り出して応じた。

 「勇気……ですか?」

 「ええ、ただでさえ中国とのビジネスは不透明と言われているのに、天安門事件が起きた直後に一人で中国へやって来て、しかも補償貿易をやろうとは」

 「無謀だと言いたいのでしょう?」

 「正直に言えば、そうです」

 飾らない青年の言葉が、岩本には心地よかった。

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村上卓郎(むらかみ・たくろう)

1965年生まれ。大学在学中に中国へ留学。会社勤務にて貿易業務と海外駐在を経験。現在は独立して貿易仲介業を営む。初めて書いた『認命(レンミン)――さだめ』が第3回城山三郎経済小説大賞で最終候補に残り、選考委員から絶賛される。


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