頼まれたことを頼まれた以上にやる

 研究室に入ると、案の定、徹底的に下働きをさせられました。
 4年生になってから研究室に入るのが普通なのに、私は3年生の夏休みから来るように指示されました。夏休みでも、大学院生は毎日研究室に来て研究を続けています。つまり、私の夏休みは「ない」という意味です。

 最初に任されたのは、「洗い屋」の仕事。朝から晩まで、ひたすら機材を洗う役割です。「そのために研究室に入った」という自覚があったから、不満も言わず黙々と洗い続けました。やり始めると熱中するのが私の性(さが)ですから、「ビーカー洗いの一流になってやる」と思って、ピッカピカに磨き上げましたね。

 それだけではありません。ありとあらゆる雑用を頼まれました。「ハンバーガーを買ってきてくれ」「教授にこの資料を渡してこい」「実験に使う材料を調達してこい」……。まさしく「使い走り」ですが、文句ひとつ言わずにこなす毎日でした。

 すると、だんだん頼み事が変わってきました。

「ちょっとメシ食べてくるから、この実験見ておいてくれ」と頼まれて、先輩が席を外している間、私が実験を観察して記録を取りました。今度は、「この実験は一晩中やる必要があるが、大事な用事があるから、小西、やっといてくれ」と頼まれて、徹夜で実験。そして、徹夜の実験記録を「これはすばらしい」と褒めてもらい、そこから研究の世界に入っていくことになったのです。

 普通は4年生から研究室に入るのに、3年生の夏休み中に研究に着手できるのは、異例中の異例。しかも、先輩たちにかわいがられましたから、たくさんご馳走もしてもらいましたし、実験の仕方からレポートの書き方まで手取り足取り教えてもらうこともできました。そのうち、「お前も発表しろ」と言われて、大学院の先輩たちに交じって研究発表までするようになったので、「留年ギリギリのお前が……」と学友たちに驚かれたものです。

 これは、どの社会でも通用することです。
 要するに、「先輩にかわいがられなければしょうがない」ということです。そのためには、「下積み」「下働き」は非常に有効なのです。どんな頼み事でも、イヤな顔ひとつせず笑顔でやる。しかも、頼まれた以上の成果をお返しするつもりでやる。すると、さらに頼まれます。そうやって頼まれたことを全部こなすうちに、信頼されるようになる。かわいがってもらえるようになる。そして、自然とチャンスが舞い込んでくるのです。これは、世界中どんな場所でも変わらない真理です。

 しかも、「下働き」をすることでビジネスの最も重要なことを身をもって学ぶことができます。どういうことか?「下働き」とは上司や先輩に指示されたことをやるだけでは評価されません。彼らを観察して、「困っていること」「足りないこと」を見つけ出して、それをサポートしてあげる。これができる人が評価される。そして、これこそビジネスの基本であり本質なのです。

 間違ってはいけないのは、先輩に媚びる必要は一切ない、ということです。そんな余計なことをする必要はありません。ただ、頼まれたことを、イヤな顔をせずに頼まれた以上の水準でやるだけです。これは、誰にでもできること。これを愚直にやれば、必ずチャンスが訪れるのです。であれば、「下働き」は買ってでもやるべきだと、私は思うのです。